世界の料理図鑑 チュニジア
ハリッサ
هريسة ハリーサ Harissa
登録されたのはペーストではない。作る知識と技術と、作る場そのものだ。
赤唐辛子とにんにくとコリアンダー、キャラウェイを石臼で搗いたチュニジアの赤いペースト。2022年12月1日、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
ひと口目は辛味より先に香り。ローストした赤唐辛子の甘い焦げ香、そこににんにくと薬草的な香りが乗ります。
辛さの質は「鋭く刺す」タイプではなく、遅れて舌の奥から立ち上がり、ゆっくり広がって長く残る丸い辛さ。主要産地の唐辛子はスコヴィル値4,000〜5,000で、実は激辛ではありません。
- 国・地域
- チュニジア。アルジェリア東部にも産地
- 分類
- 調味料(唐辛子ペースト)
- 相場
- 食堂ではパンと一緒に無料で出ることが多い。瓶・チューブの現地単価は不明
- 主な材料
- バクルーティ種の赤唐辛子、にんにく、塩、コリアンダーシード、キャラウェイ、クミン、オリーブオイル
- 辛さ
- 遅れて来る丸い辛さ。4,000〜5,000スコヴィル
- 食べる場所
- 全国。ナブールが中心産地
- ベスト時間
- 一日中。前菜として最初に出てくる
- 一人前の目安
- 小皿に少量。各自が自分の分だけ取る
- 食べ方
- 単体では食べない。パンに塗る、オイルで伸ばす、スープに溶く
- 近い料理
- アルジェリア産(アンナバ県)のハリッサ
01一口目に来るもの
小皿に赤いペーストが盛られ、上からオリーブオイルが垂らしてある。レストランでは頼まなくてもパンと一緒に出てくることが多い。無料の前菜扱いです。
ひと口目は辛味より先に香りが来ます。ローストした赤唐辛子の甘い焦げ香、そこににんにくと、キャラウェイやコリアンダーの薬草的な香りが乗る。
辛さの質が独特です。鋭く刺すのではなく、遅れて舌の奥から立ち上がり、ゆっくり広がって長く残る。
食感はざらつきのあるペースト。石臼挽きのものは粗く、種の名残や皮の繊維が舌に触れる。工業製品は滑らかです。
表面のオリーブオイルが辛味を包むので、単体で舐めると意外に甘みを感じます。パンに塗って初めて全体像が分かる。

02登録されたのはペーストではない
2022年12月1日、ユネスコ無形文化遺産の代表的な一覧表に登録されました。決議番号は 17.COM 7.b.30。
登録名称は「Harissa, knowledge, skills and culinary and social practices」——ハリッサに関する知識・技術および料理・社会的慣習。申請国はチュニジア単独です。
つまり登録対象は「ペースト」ではなく「作る知識と技術と、作る場」でした。
作り手は主に女性で、家族や近隣が集まって共同作業として行う祝祭的な行事。その場そのものが遺産として認められています。
ユネスコの決議文には「チュニジアの全世帯がハリッサの消費者とみなしうる」と記載され、「活力・活動・温かさ」の象徴とされています。


製法そのものが登録内容
ユネスコが登録した「技術」は具体的です。
唐辛子を天日で干す→ヘタと種を取り除く→洗う→石臼(モルタルと乳棒)または手回しのミートグラインダーで挽く→塩・にんにく・コリアンダーと合わせる→ガラス瓶か素焼きの壺に詰め、表面をオリーブオイルで覆って保存。
唐辛子の栽培は伝統的な農事暦に従い、植え付けを避ける「凶日」が定められている。魔除けとして唐辛子を織機に吊るす、珊瑚の模造品を作るといった慣習も登録内容に含まれます。
ハリッサは料理であると同時に、農事儀礼と民間信仰のセットとして登録された。
失敗の理由は四つ。乾燥が不十分だとカビる。種を残すと苦味と余計な辛味が出る。表面のオイル層が切れると酸化・変質する。塩が少ないと日持ちしない。



第 二 章
1 5 3 5 年 以 降
唐辛子は新大陸から来た。だからハリッサは16世紀より古くない
03「太古の伝統」ではない
唐辛子は新大陸原産です。コロンブス交換を経てヨーロッパへ渡り、ハフス朝期のスペインによる占領(1535〜1574年)の時期にチュニジアへ持ち込まれました。
つまりハリッサは16世紀以降にしか成立しえない、比較的「新しい」伝統です。
語源はアラビア語の「叩く、砕く」を意味する語根。伝統的な石臼で搗く製法そのものが名前になっています。
主原料のバクルーティ種の名は、都市ベカルタ(Bekalta)に由来します。ナブールは主産地・祭の開催地であって、品種名の由来地ではありません。
ナブールでは例年10月にハリッサ・唐辛子祭が開催されます。この祭はユネスコ登録の保護措置の一部として位置づけられている。


過度の商業化を防ぐための監視委員会を設置する。ユネスコ登録の保護措置に明記された一文
04種類を並べてみる
産地と製法で味が変わります。



05食べ方の作法
単体で食べるものではありません。パンに少量を塗る、オリーブオイルで伸ばして前菜のディップにする、スープや煮込みの仕上げに溶く、という使い方です。
食卓では小皿に出され、各自が自分の分だけ取る。他人の皿に勝手に足すのは無作法。
ラブラビでは客が自分でスープに溶き入れる。ブリックでは具に練り込むか、齧った後に付ける。
辛さは店ごと・家ごとに大きく違うので、まず極少量を舐めて確かめるのが現地の常識的な振る舞いです。
06どこで買うか
ナブール(キャップ・ボン半島):ハリッサの中心産地。バクルーティ唐辛子の収穫後、例年10月にハリッサ・唐辛子祭が開かれます。
チュニス(メディナのスーク):香辛料商で量り売り。スーク・エル・アタリン周辺。
チュニス(新市街):スーパーや食料品店でチューブ・缶入りが買えます。
ガベス:ナブールと並ぶ唐辛子産地。
レストランではほぼ全店で卓上または前菜として出てきます。


07豆知識
チュニジアはハリッサ調製品の世界最大の輸出国。2006年の生産量は22,000トン、原料の唐辛子は約40,000トンが使われました。
ユネスコの保護措置に「過度の商業化を防ぐための監視委員会」の設置が明記されている。世界遺産化した瞬間に「守るべきは商業化からだ」と国が宣言した、珍しい例です。
「辛いものの代名詞」というイメージに反して、実はそれほど辛くない。主要産地の唐辛子は4,000〜5,000スコヴィル。ハラペーニョと同程度かやや上、という水準です。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Harissa Sauce.JPG / Miansari66 / CC0
- 02/Capbon harissa vs homemade.jpg / Yassine Hadj messaoud / CC BY-SA 4.0
- 03/فلفل أحمر قيد التجفيف في تونس.jpg / Habib M’henni / CC BY-SA 4.0
- 04/بائع التوابل .jpg / TAKOUTI / CC0
- 05/Poivrons 02.jpg / Aliboughzala / CC BY-SA 4.0
- 06/Poivrons 01.jpg / Aliboughzala / CC BY-SA 4.0
- 07/فلفل أحمر مجفف.jpg / Touzrimounir / CC BY-SA 4.0
- 08/Dried Chili Peppers.jpg / Yamen / CC BY-SA 4.0
- 09/Home made Harissa Sauce N75.JPG / Narek75 / CC BY-SA 4.0
- 10/Spice shop at Douz 2.jpg / Emna Mizouni / CC BY-SA 4.0
- 11/هريسة دياري.JPG / Ovva olfa / CC BY-SA 4.0
- 12/Harissa 053 – stonesoup.jpg / jules / stonesoup / CC BY 2.0
- 13/Harissa in a jar (vertical).jpg / Jules (jules:stonesoup) / CC BY 3.0
- 14/Plat de hrissa et de thon avec de ka kissra, Tunisie 2019.jpg / Habib M’henni / CC BY-SA 4.0
- 15/Couscous harissa êtchuivée.jpg / Man vyi / Public domain


