世界の料理図鑑 日本
蜂の子
へぼ・すがれ・地蜂 はちのこ Hachinoko
餌に白い目印を付けた蜂を、走って追いかける。巣を見つけたら掘り出して、秋まで自宅で育てる。
クロスズメバチの幼虫とさなぎである。長野で「すがれ」、岐阜と愛知で「へぼ」、地方によっては「地蜂」と呼ぶ。
甘辛く煮た佃煮が一般的だ。「味はほとんど佃煮の甘さですが、その中にほんのり別の甘さを感じます」「虫によくある独特な臭みもなく、食感はクリーミー」。信州四大珍味のなかでも、いちばん人気が高い。
面白いのは獲り方だ。餌をくわえた蜂に白い目印を付け、走って追いかけて巣を突き止める。「すがれ追い」という。かつては子どもの遊びだった。
- 国・地域
- 日本。長野県、岐阜県東濃(恵那市など)、愛知県(奥三河・西三河)が中心
- 分類
- 昆虫食。クロスズメバチの幼虫・さなぎ
- 相場
- 甘露煮瓶詰80gで1,810円、缶詰160gで3,950円
- 主な材料
- クロスズメバチの幼虫とさなぎ、醤油、砂糖、みりん
- 辛さ
- 辛くない。甘辛い佃煮の味
- 食べる場所
- 長野・岐阜・愛知の土産店、道の駅、通販
- ベスト時間
- 巣の採取は秋。商品は通年
- 一人前の目安
- 小皿に一つまみ。高価なので少量ずつ
- 食べ方
- 甘露煮でそのまま。炊き込みご飯「へぼめし」にも
- 近い料理
- ざざむし、イナゴの佃煮、カイコのさなぎ
01一口目に来るもの
甘露煮の瓶を開けると、飴色に煮詰まった粒が入っている。よく見れば体節があり、幼虫の形がそのまま残っている。
口に入れて最初に来るのは、砂糖と醤油の甘さだ。佃煮の味である。そこまでは想像どおり。ところが噛むと、その甘さの中に別の甘さが現れる。「味はほとんど佃煮の甘さですが、その中にほんのり別の甘さを感じます」。虫にありがちな臭みはなく、食感は「クリーミー」と書かれる。
生で食べた人の記録はもっと具体的だ。「プチッと濃厚で甘いエキスが溢れ出ます。ほんのりとした苦味のあるナッツ風味」。そして「サナギになりたての真っ白なやつがいちばん好き……やわらくて、甘くて食べやすい」。幼虫、前蛹、さなぎで食感が変わるので、食べ慣れた人は段階を選ぶ。
オオスズメバチの幼虫はまた違う。「噛むとその味がぷちゅっと広がる。強い」「茹でたカニのフワフワした白い謎の部分に似ている」「旨味の密度が人生最高レベル」。クロスズメバチの繊細さに対して、こちらは濃さで押してくる。


第 二 章
蜂を、追う
長野県北相木村の小倉山
02すがれ追いという漁
この食材の獲り方は、日本の食文化のなかでもかなり特異である。
まずイカや鶏レバー、肉片を餌にして働き蜂をおびき寄せる。蜂が餌を切り取って巣へ帰ろうとするとき、その餌に「糸目」と呼ぶ目印を付けさせる。綿、フルーツ保護ネット、ガラス緩衝材など。条件は「水に強く、軽く、自然界にない白」であること。
目印を付けた蜂は、まっすぐ巣へ帰る。それを走って追いかける。見失えばまた餌を置いて、次の蜂を待つ。この繰り返しで巣を突き止める。「すがれ追い」または「蜂追い」という。
巣は地中にある。見つけたら掘り出す。かつては子どもの遊びだったが、いまは大人の愛好家の趣味になっている。



03掘って、育てる
掘り出して終わりではない。ここからが本番、という地域がある。
岐阜県恵那市の串原などでは、掘り出した巣を自宅に持ち帰って飼育する。餌をやり、秋まで育てて巣を巨大化させる。そして十一月三日、「くしはらヘボまつり」で巣の重さを競う。会場はくしはら温泉ささゆりの湯のグラウンドゴルフ場。巣の即売会もあり、名物の「ヘボ五平」には長蛇の列ができる。
長野県伊那市にも「地蜂愛好会」があり、十一月初旬に蜂の巣コンテストが開かれる。愛知でも秋に品評会と卸会がある。
野生の巣と飼育した巣では味が違うらしい、という研究論文も発表されている。スズメバチの餌は324種にのぼるという調査もあり、何を食べさせるかが幼虫の味に影響する可能性がある。つまりこれは、狩猟であると同時に畜産でもある。


04巣盤のどこを食べるか
巣盤は六角形の部屋が並んだ構造をしている。白い蓋がされている部屋にはさなぎが、開いている部屋には幼虫がいる。
食べるのは幼虫とさなぎの両方だ。ピンセットで一つずつ取り出す。手間がかかる。値段が高い理由の半分はここにある。
へぼ飯(へぼめし)という炊き込みご飯がある。空炒りしてから醤油・砂糖・みりんで佃煮状に煮詰め、炊飯時に米へ混ぜる。成虫と幼虫の両方を入れると、食感の違いが出て面白いとされる。農林水産省の「うちの郷土料理」には、岐阜県と愛知県の両方でへぼ飯が登録されている。
炒ったものは「鶏卵の卵焼きを想起させる淡白な味」と表現される。とれたてを鍋にする「しゃぶしゃぶ」は「クリーミーでおいしい」。



05信州四大珍味のなかで
信州四大珍味という言い方がある。蜂の子、イナゴ、カイコのさなぎ、そしてざざむしだ。
ただし、もともとは最初の三つで「三大珍味」だった、という指摘がある。ざざむしは後から加わったらしい。海のない県で、明治以降の製糸業が桑畑を広げ、その副産物のさなぎまで食用にした——という文脈の中に、この四つは並んでいる。
四つの中で、蜂の子はいちばん人気があり、いちばん高い。100グラムあたり2,000円から2,400円級の高級珍味である。
江戸期の記録もある。1850年の『想山著聞奇集』に「美濃国や信濃国では蜂の子を醤油で味付けし飯に混ぜた『へぼ飯』を食す」とある。少なくとも江戸後期には、いまと同じ食べ方が確立していた。


06いくらで買えるか
須坂食品工業(信州ヤマサン)の価格を並べると相場が分かる。蜂の子甘露煮の瓶詰80グラムが1,810円(税込)、生姜入り80グラムも1,810円、塩味60グラムの瓶が2,050円、甘露煮の缶詰160グラムが3,950円。
100グラムに換算すると2,000円から2,400円。信州の昆虫食のなかでは、ざざむしに次いで高い部類に入る。
長野・岐阜・愛知の土産店、道の駅、産直市場で買える。恵那のヘボまつりでは巣そのものが即売される。
栄養面では、缶詰100グラムあたり239キロカロリー、たんぱく質16.2グラム、脂質7.2グラム。ビタミンB2が1.22ミリグラム、鉄3ミリグラム、銅0.36ミリグラム、マンガン0.76ミリグラム。


07刺されるということ
最後に、危険についてはっきり書いておきたい。
巣の採取はスズメバチに刺されるリスクを伴う。日本ではハチ刺されで年間およそ20人が亡くなっている(2018年から2024年で年11人から21人)。多くはアナフィラキシーショックだ。刺傷の88パーセントは7月から10月に集中し、8月がピーク。中高年男性に多い。
職業として曝露する人のハチ毒特異的IgE陽性率は、林業・木材製造業で約40パーセント、電気工事業で約30パーセント、養蜂業では約78パーセントにのぼる。二度目以降の刺傷が特に危険とされる。
素人が巣を掘るのは勧められない。専門の防護服が要る。食べる側についても、甲殻類と同様に昆虫アレルギーの可能性は指摘されている(ただし蜂の子そのもののアレルギー症例の統計は確認できなかった)。初めてなら少量から試すのが賢い。


08豆知識
「へぼ」「すがれ」「地蜂」はいずれもクロスズメバチの地方名である。
掘り出した巣を自宅で飼育し、秋に巨大化させてコンテストに出す文化がある。狩猟であり、同時に畜産でもある。
幼虫・前蛹・さなぎで食感が変わる。「さなぎになりたての真っ白」が最上だとする食べ手が多い。
伊那谷では農薬の普及と環境の変化で、地蜂が「当時の10分の1くらい」に減っているという。
昭和天皇が蜂の子を好んだ、という話が広く語られているが、一次資料による裏付けは見つけられなかった。よく聞く話ほど、出どころを確かめたほうがいい。


写真の出典
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0 Vespula flaviceps01.jpg/Apple2000/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
1 Vespula flaviceps02.jpg/Apple2000/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
2 Vespula flaviceps03.jpg/Apple2000/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
3 Hornet larvae.jpg/(koshiMAX)/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons
4 Vespula flaviceps05.jpg/Apple2000/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
5 Hachinoko (wasp larvae and pupae) for sale at a grocery store in Japan.jpg/投稿者/Public domain/Wikimedia Commons
6 Food insects at a grocery store in Nagano Pref., Japan..jpg/投稿者/Public domain/Wikimedia Commons
7 Vespula flaviceps (15874435681).jpg/harum.koh from Kobe city, Japan/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons
8 Vespula germanica Richard Bartz.jpg/Richard Bartz, Munich aka Makro Freak/CC BY-SA 2.5/Wikimedia Commons
9 Vespula germanica nest 1.jpg/Gideon Pisanty (Gidip)/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
10 Vespula pensylvanica in plastic nest – andrey zharkikh.jpg/Andrey Zharkikh from Salt Lake City, USA/CC BY 2.0/Wikimedia Commons
11 Vespula vulgaris, part of winter nest.jpg/Sminthopsis84/CC0/Wikimedia Commons
12 Vespula germanica nest – Zoo Frankfurt.jpg/Jutta234/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons
13 Vespa mandarinia japonica1.jpg/KENPEI/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons
14 Diagram of a subterranean Vespula germanica nest (by David Sharp, 1901).jpg/David Sharp (1840 – 1922)/Public domain/Wikimedia Commons
15 Ogura Mountain-Kita Aiki Village, Nagano, Japan.jpg/Yoshi Canopus/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons
16 Mount Kisokoma camp site (2018-07-10).jpg/Alpsdake/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
17 HakubaTogakushi.jpg/Naganojmmmm/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
参考にした資料
Wikipedia「はちのこ」
農林水産省「うちの郷土料理」へぼ飯(岐阜県・愛知県)
長野伊那谷観光局「蜂の子の魅力」
昆虫食のセミたま「信州四大珍味とは」
恵那市観光協会「くしはらヘボまつり」
信州ヤマサン(須坂食品工業)商品ページ
カロリーSlism「蜂の子」栄養成分
価格.comマガジン「蜂の子を食べてみた」
HADATOMOHIRO/私的標本 実食記事
中日新聞「蜂の子の味は野生と飼育で違うらしい」
ナショナルジオグラフィック日本版「スズメバチのエサ324種」
ハチ毒アレルギー関連資料
※すがれ追い(蜂追い)や巣の掘り出し、へぼ飯の自由利用可能な写真が存在しないため、巣盤・成虫・産地の風景で説明しています。クロスズメバチ以外の種の写真には、キャプションに「写真は別種」と明記しています。






