イドリヤのジュリクロフィ
Idrijski žlikrofiIdrijski žlikrofi (TSG)
厚さ2ミリに伸ばした生地に、じゃがいもの詰め物を1.5センチの玉にして並べ、折り返し、指で頂上をくぼませる。生の状態で3センチ×2センチ以下。スロベニアが最初にEUの伝統的特産品保証(TSG)を取らせた料理で、規格書は香りと食感まで文章にしている。
概要 ― 帽子のかたちをした、じゃがいもの詰め物パスタ
小麦の生地にじゃがいもの詰め物を包み、独特の「帽子(klobuk)」の形に成形して茹でる。スロベニア西部、イドリヤの町の料理。
皿の上に、小さな帽子が並んでいる。ひとつは親指の先ほどで、両端がつまんだように立ち上がり、真ん中がへこんでいる。そのくぼみに、茶色い肉のソースが溜まっている。イドリヤのジュリクロフィ(idrijski žlikrofi)である。
分類上はパスタだ。EUの登録上も「クラス2.4 パスタ(調理済みまたは詰め物入り)」に置かれている。小麦粉と卵と油と水で捏ねた生地に、茹でて潰したじゃがいもの詰め物を包む。ただしその成形が独特で、この料理を他のどの詰め物パスタとも違うものにしている。
噛むと、まず生地の薄さに驚く。規格が定める厚さは約2ミリ。その内側から、温かいうちに潰したじゃがいものねっとりした甘みが来る。追って脂かすか燻製ベーコンの塩気、最後にマヨラナの清涼な苦みが鼻に抜ける。
地元にはこんな言い回しがある。「口に1つ、フォークに1つ、皿の上の3つ目を見ている」。大家族では一度の食事で最大700個作ったという記録もある。

肉のソースをかけたジュリクロフィ。頂上のくぼみにソースが溜まるように成形されている。
規格 ― EUが「香り」と「食感」まで文章にした料理
2010年1月14日、EU規則(EU) No 31/2010で伝統的特産品保証(TSG)に登録。スロベニアで最初のTSGであり、規格書は寸法・材料・官能特性まで規定している。
この料理には、公的な設計図がある。欧州委員会規則(EU) No 31/2010、2010年1月14日付。これによってイドリヤのジュリクロフィは伝統的特産品保証(TSG)に登録された。登録は「名称の留保」付きで、他国がこの名前を使うことはできない。申請が受理されたのは2004年10月29日、官報に公示されたのが2009年5月6日。足かけ6年である。
登録日を見ると、もうひとつ分かることがある。プレクムリェのギバニツァが同年3月1日、ベロクライナのポガチャが3月3日。イドリヤのジュリクロフィは、それらより1か月半ほど早い。つまりスロベニアが最初に取ったTSGは、この料理だった。
規格書の中身は、ここまで書くのかと思うほど具体的だ。生地は厚さ約2ミリに伸ばす。詰め物の玉は直径約1〜1.5センチ、ヘーゼルナッツほど。生の状態で長さ約3センチ、高さ約2センチ以下(高さは中央部で計測し、両端はやや高い)。表面は均一な黄色味を帯び、でんぷんの析出が見えてはならない。
材料にも上限がある。生地は白い小麦粉300グラムまで、卵1〜2個、油、水または牛乳。詰め物はじゃがいも500グラム、玉ねぎ50グラムまで、脂(ラードまたは刻んだ燻製ベーコン)50グラムまで。香草はマヨラナとチャイブ。この分量でおよそ150個できる。逆算すると1個あたり生でおよそ7グラム前後になる。
そして官能特性。香りは「強く、典型的な香り。香草や添加物の香りが強すぎてはならず、詰め物に酸敗臭があってはならない」。風味は「じゃがいもの味、脂の味(ただし支配的であってはならない)、香辛料と香草が調和的に補完すること」。食感は「べたつかず、軽くてやわらかい。香草は細かく刻まれ、脂かすと炒めたラードはごく小さな粒でなければならない」。酸敗したラードの使用は明文で禁止されている。
生地は捏ねたあと最低30分休ませる。茹でるのは沸騰した塩湯で、浮き上がって再び沸いたら完成。ただちに供する。以上が、EUの官報に印刷された作り方である。

冷凍のイドリヤ産ジュリクロフィ。袋には伝統的特産品保証(zajamčena tradicionalna posebnost)の表示がある。
EU官報 C 104(2009年)
高さは中央部で計測
小麦粉300g+じゃがいも500g
イドリヤ・ジオパークの記述
歴史 ― 1860年、ドイツ語の鉱山誌に現れた
文献初出は1860年、ペーター・ヒッツィンガーのドイツ語の鉱山誌。伝来については二つの説があり、一次資料同士が食い違っている。
この料理が文字になった最初の記録は、1860年である。ペーター・ヒッツィンガー『Das Quecksilber-Bergwerk Idria(イドリヤの水銀鉱山)』。料理書でも旅行記でもなく、ドイツ語で書かれた鉱山の報告書だった。スロベニア文化省の無形文化遺産登録票が、これを「žlikrofiについて記した最初期の文献」と明記している。同じ登録票は年代を「19世紀第1四半期(推定)、19世紀第3四半期、1860年(言及)」と書いている。
伝来については、民間伝承がある。鉱夫一家のヴェルンベルガー家が1814年ごろイドリヤに持ち込んだ、という話だ。ただし、どこから持ち込んだのかで一次資料が割れている。EU官報の英語版は「トランシルヴァニアから」と書き、スロベニア文化省の登録票は「スロバキアから(iz Slovaške)」と書く。どちらが正しいのかは、この記事では決められない。
もうひとつの説は、ウィーンの「シュリッククラプフェル(Schlickkrapferl)」に似ているというものだ。カール・ベゼクが1950年代に記録した。語源もケルンテン地方ドイツ語の Schlickrapfen に求められている。ベゼクが聞き取った証言によれば、1840〜50年代にはすでに生のまま公に売買されていた。
そして三つめが、いちばん語られる話である。形がナポレオン帽に似ているから、19世紀初頭にナポレオン軍がイドリヤに入ってきた時期と結びつける、という伝承だ。EUの規格書自身が「古いフランスの帽子(ナポレオン帽)の形」と書いている。
1936年、ラド・ボジチが『Naš idrijski kot』でバリエーションを記録している。じゃがいも入り、肉入り、酸っぱいかぶ(kisla repa)入り。バコヴァをかけたもの、脂かすで和えたもの、マソヴニク(バターの特製ソース)をかけたもの。そしてこう書いている。ジュリクロフィは大事な日にだけ食卓に上った、と。日常食ではなく、ハレの日の料理だったのである。
【図版】17世紀のイドリヤ。ヴァルヴァゾール『カルニオラ公国の栄光』(1689年)に描かれた、町と水銀鉱山の全景。
香りは「強く、典型的な香り」。食感は「べたつかず、軽くてやわらかい」。EUの官報にそう書いてある。EU官報 C 104, 2009年5月6日, p.11
水銀の町 ― 1490年の発見と、世界第2位の鉱山
1490年に水銀が見つかり、町ができた。スペインのアルマデンと並んで2012年にユネスコ世界遺産に登録された、世界第2位の水銀鉱山の町である。
イドリヤは、水銀の町だ。伝説によれば1490年、桶職人が小川に桶を浸していたところ、重く光る未知の液体の粒を見つけた。水銀である。それが町の始まりだった。
この鉱山は、世界第2位の規模の水銀鉱山になった。イドリヤ水銀遺産管理センターもイドリヤ・ジオパークも、公式に「世界で2番目に大きい水銀鉱山」と表記している。アントニー坑道(Antonijev rov)が掘られたのが1500年。以後およそ500年にわたって操業し、精錬所は1995年まで稼働した。観光局の記述によれば、500年間で300万本を超える水銀のフラスクが出荷された。
2012年、ユネスコ世界遺産「水銀の遺産:アルマデンとイドリヤ」が登録された。スペインのアルマデンとの共同登録で、登録基準は(ii)(iv)、資産面積は104.1ヘクタール。日本ユネスコ協会連盟の公式訳では「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」となる。イドリヤ側の構成資産は、水銀の貯蔵施設とインフラ、鉱夫の住居、そして鉱夫の劇場である。
つまりジュリクロフィは、鉱山町の食べ物なのだ。鉱夫の家庭で作られ、鉱夫の日常のなかにあった。最初にそれを書き留めたのが鉱山の報告書だったのも、考えてみれば当然のことである。



フランチシュカ坑の巻き上げ櫓(左)/照明に照らされた坑道(中)/坑木で支えられた坑道(右)。


坑道に残された鉄製の鉱石運搬車(左)/坑内の聖三位一体礼拝堂。鉱夫たちが地下で祈った場所(右)。
坑内 ― 水が流れ、礼拝堂があり、削岩機が置かれている
現在は坑道の一部が公開されている。水を抜く排水路、岩に据えられた削岩機、坑内用の電話機。そして丘の上には、精錬所の煙突が残る。
公開されている坑道に入ると、まず音が変わる。岩を掘り抜いた通路の床を、水が流れている。水銀鉱山にとって排水は生命線で、坑内の水路はそのための設備だ。壁は湿り、気温は年じゅうほぼ一定である。
奥へ進むと、黄色い岩肌の前に古い削岩機が据えられている。その先には木の柱に取り付けられた金属製の電話機。坑内で連絡を取るための装置で、いまも当時の場所に残されている。
地上に戻って丘を登ると、石造りの土台に赤レンガの筒を載せた煙突が立っている。地元でラウフンク(Raufnk)と呼ばれるもので、水銀を蒸留した精錬所の名残だ。ここから町が見下ろせる。
水銀は常温で液体の金属であり、同時に強い毒性を持つ。500年のあいだ、この町の人びとはそれを掘り、蒸留し、樽に詰めて出荷してきた。鉱夫たちの食卓に上っていたのが、じゃがいもと小麦粉でできた、7グラムの帽子だった。



坑道の床を流れる排水(左)/坑内に据えられた古い削岩機(中)/木の柱に付けられた坑内電話機(右)。

丘の上に残る煙突「ラウフンク」。水銀を蒸留した精錬所の名残で、ここから町が見下ろせる。
500年で、300万本を超える水銀のフラスクが出荷された。イドリヤ観光局
三つのユネスコ ― 世界遺産、ジオパーク、そしてレース
イドリヤは世界遺産とユネスコ世界ジオパークを持ち、さらにボビンレースの町でもある。観光局は「三つのユネスコの肩書きを持つ真珠」と呼ぶ。
イドリヤ市の人口は約11,730人(2024年年央)。面積293平方キロメートル、人口密度は1平方キロあたり40人で、全国平均105人の半分以下である。スロベニア全体の人口は2,136,385人(2026年4月確定値)。統計上はゴリシュカ地方に属する。
リュブリャナから西へ56キロ。ただし直通の鉄道はない。車なら高速A1をログァテツで降り、ホテドルシツァとゴドヴィチを経由する。バスはリュブリャナとトルミンからの便がある。
町の中央広場(Mestni trg)には、EU旗とスロベニア国旗に並んでユネスコ世界遺産の旗が立っている。広場に面してあるのが鉱夫劇場だ。黄色い壁に切妻の入口を持つこの建物は、世界遺産の構成資産のひとつでもある。
観光局はイドリヤを「三つのユネスコの肩書きを持つユネスコ遺産の真珠」と表現する。世界遺産(水銀の遺産)、ユネスコ世界ジオパーク(Idrija UNESCO Global Geopark)、そしてイドリヤのボビンレース。三つめについては、次の章で書く。



黄葉した街路樹の並ぶイドリヤの広場(左)/EU旗・スロベニア国旗とともに立つユネスコ世界遺産の旗(中)/催しの日の中央広場(右)。

イドリヤの鉱夫劇場。ユネスコ世界遺産の構成資産のひとつ。
レース ― 鉱山の町で、女たちが編んでいたもの
イドリヤ・レース(idrijska čipka)は、ボビンを使って編む手仕事。鉱山が男の仕事だった町で、レースは家計を支えるもうひとつの現金収入だった。
イドリヤには、もうひとつ有名なものがある。レースだ。糸を巻いたボビンを何十本も操り、型紙の上でピンを打ちながら編んでいく、ボビンレースである。
作業台は独特の形をしている。筒状のクッションを木の小机に載せ、その上に型紙を留める。編み手はボビンを両手で持ち替えながら、決まった順序で交差させていく。一枚の円形のレースに、何十時間もかかる。
これが鉱山の町にあったことには、理由がある。鉱山は男の仕事だった。そして鉱夫の賃金だけでは家族を養いきれなかった。レースは女たちの現金収入であり、家計の柱のひとつだった。1968年にルダルスカ通り(=「鉱夫通り」)で撮られた写真には、街路に寄り集まって編む女性たちが写っている。通りの名前が、そのまま町の構造を示している。
ジュリクロフィも、同じ家の同じ台所から出てきた料理である。鉱夫の家の食べ物で、大事な日にだけ作られ、一度に何百個も包まれた。そして2019年12月19日、「イドリヤのジュリクロフィの製法(Priprava idrijskih žlikrofov)」はスロベニア共和国の無形文化遺産登録簿に、伝統的工芸技術の分野で記載された。管轄はイドリヤ市立博物館である。


イドリヤ・レース。円形に編まれたボビンレース(左)/筒状の台に留めた型紙の上で、ボビンを操って編む(右)。


レース編みの作業台。筒とかごを載せた木の小机と椅子(左)/【古写真】1968年、ルダルスカ通りで編む女性たち(右)。
現在 ― 祭りと、16.50ユーロの一皿と、似た料理たち
毎年8月末に祭りがある。レストランでは1皿16.50ユーロ(約2,980円)。家庭で作る頻度は減り、冷凍品の販売が増えている。
イドリヤでは毎年8月末、「イドリヤのジュリクロフィの祝祭(Praznik idrijskih žlikrofov)」が開かれる。開催日は8月の最後から2番目の土曜日と決まっていて、2026年は8月22日、会場はパルク・メイツァである。30種類以上のジュリクロフィ料理が並び、認証を受けた作り手が出店する。サイクリングの「Tour de Žlikrofi」、ジビエのバコヴァを競う「Jagerchef」といった企画もある。
普段はレストランで食べられる。町のゴスティルナ・シュカファルの2026年5月版メニューによれば、いちばん伝統的な「バコヴァ添え(z bakalco)」が16.50ユーロ。1ユーロ=180.70円(欧州中央銀行、2026年9月21日)で換算すると約2,980円になる。ポルチーニソースが15.50ユーロ、豚ローストのソースが16.00ユーロ、ベジタリアンのゴルゴンゾーラが14.00ユーロ。2名で500グラムの盛り合わせが31.00ユーロ(約5,600円)。現地の相場は1皿15〜17ユーロ、およそ2,700〜3,000円と見ておけばいい。
バコヴァ(bakalca)というのが、この料理の相棒である。羊肉(子羊肉)と野菜をゆっくり煮込んだソースで、資料によって「羊肉」と書くものと「子羊肉」と書くものがある。頂上のくぼみは、このソースを受けるためにあると言ってもいい。ほかに脂かす(ocvirki)で和えるだけの食べ方、マソヴニクというバターの特製ソースをかける食べ方もある。
家庭で作る頻度は減っている。代わりに増えているのが、冷凍品の販売だ。規格書はそのことも織り込んでいて、冷凍で出荷する業者には別の規定を用意している。官能特性を保つために香辛料を減らし、生地を厚くする。同量の詰め物に対して小麦粉400〜500グラム、卵は4個まで。
似た料理はいくらでもある。ポーランドのピジ、ウクライナのヴァレーニキ、イタリアのラビオリ。地元のレストランのメニューでさえ、イタリア語では ravioli、ドイツ語では Schlickkrapfen、英語では dumplings と訳している。EUの規格書はそれを承知のうえで、こう書いた。žlikrofi は他の詰め物入りパスタと、形・詰め物・伝統レシピ・製法の点で異なる、と。守られているのは味ではなく、2ミリの生地と3センチの寸法と、指でつけたくぼみなのである。



イドリヤ市レディネの集落(左)/ツェルクノ近郊ラビニェの丘(中)/トレンタのソチャ川(右)。
イドリヤのジュリクロフィidrijski žlikrofi
Idrijski žlikrofi
TSG登録 2010年1月14日。スロベニア最初のTSG
バコヴァbakalca
bakalca
羊肉(子羊肉)と野菜を煮込んだ相棒のソース
プレクムリェのギバニツァprekmurska gibanica
Prekmurska gibanica
TSG登録 2010年3月1日。重ねて焼く菓子
ベロクライナのポガチャbelokranjska pogača
Belokranjska pogača
TSG登録 2010年3月3日
クランスカ・クロバサkranjska klobasa
Kranjska klobasa
PGI登録 2015年1月6日。ソーセージ
シュリッククラプフェルSchlickkrapferl
Schlickkrapferl
1950年代の記録が「似ているが中身が違う」と指摘
ピジpyzy
pyzy
じゃがいもの団子。肉を包むものもある
ラビオリravioli
ravioli
地元のメニューがイタリア語でこう訳している


イドリヤが属するゴリシュカ地方のぶどう畑(左)/ポーランドのピジ。じゃがいもの詰め物団子は中欧から東欧に広く分布する(右)。
口に1つ、フォークに1つ、皿の上の3つ目を見ている。イドリヤ・ジオパークが伝える地元の言い回し
基本情報
- 料理名
- イドリヤのジュリクロフィ(Idrijski žlikrofi)。語源はケルンテン地方ドイツ語の Schlickrapfen とされる
- 国・地域
- スロベニア共和国イドリヤ市(ゴリシュカ統計地域)。市の人口約11,730人(2024年年央)、面積293km²
- 分類
- じゃがいもの詰め物をした小麦のパスタ。EU分類はクラス2.4(パスタ)
- EU登録
- 伝統的特産品保証(TSG)。規則(EU) No 31/2010、2010年1月14日。名称の留保付き。スロベニア最初のTSG
- 申請の経緯
- 申請受理 2004年10月29日(EC No: SI-TSG-007-0026)→ 官報公示 2009年5月6日(OJ C 104, p.11)→ 登録 2010年
- 国内の保護
- スロベニア無形文化遺産登録簿 EID 2-00075「イドリヤのジュリクロフィの製法」。2019年12月19日記載、管轄はイドリヤ市立博物館
- 寸法の規格
- 生地の厚さ約2mm/詰め物の玉 直径約1〜1.5cm/生の状態で長さ約3cm・高さ約2cm以下
- 材料の規格
- 生地=小麦粉300gまで+卵1〜2個+油+水か牛乳/詰め物=じゃがいも500g+玉ねぎ50gまで+脂50gまで+マヨラナ+チャイブ。この分量で約150個
- 食べ方
- バコヴァ(羊肉・子羊肉と野菜の煮込みソース)が定番。ほかにポルチーニソース、脂かす和え、マソヴニク(バターソース)
- 文献初出
- 1860年、ペーター・ヒッツィンガー『Das Quecksilber-Bergwerk Idria』(ドイツ語の鉱山誌)
- 値段の目安
- バコヴァ添え1皿 16.50ユーロ(約2,980円)。1ユーロ=180.70円(ECB、2026年9月21日)
- 祭り
- イドリヤのジュリクロフィの祝祭(Praznik idrijskih žlikrofov)。8月の最後から2番目の土曜。2026年は8月22日、会場はパルク・メイツァ
- 町の世界遺産
- 「水銀の遺産:アルマデンとイドリヤ」2012年登録、基準(ii)(iv)、資産面積104.1ha。1490年に水銀を発見、精錬所は1995年まで稼働
- アクセス
- リュブリャナから西へ56km。直通鉄道はなく、車(高速A1をログァテツで降りる)またはバス
この料理と一緒に読む
出典
- EU官報 C 104, 2009年5月6日, p.11「APPLICATION FOR REGISTRATION OF A TSG ‘IDRIJSKI ŽLIKROFI’」(TSG規格書の全文。生地2mm・寸法3cm×2cm・材料配合と約150個・マヨラナとチャイブ・官能特性(香り/風味/食感)・製法・茹で方・冷凍品の別規定・申請番号)
- Commission Regulation (EU) No 31/2010 of 14 January 2010(EU登録の法的根拠。登録日2010年1月14日、クラス2.4(パスタ)、名称の留保付き、公示先の官報)
- スロベニア文化省 無形文化遺産登録簿 登録票 EID 2-00075「Priprava idrijskih žlikrofov」(文献初出1860年(ヒッツィンガー)、ヴェルンベルガー家1814年伝来説、ナポレオン帽説、ヘーゼルナッツ大の詰め物玉、バコヴァ=子羊のソース、1936年ボジチの記録)
- 同・英語版(スロベニア国内の無形文化遺産への登録日(2019年12月19日)、分野は伝統的工芸技術、管轄はイドリヤ市立博物館)
- UNESCO World Heritage Centre「Heritage of Mercury. Almadén and Idrija」(Wayback Machine 保存版)(世界遺産登録年2012年、登録基準(ii)(iv)、資産面積104.1ha、1490年の水銀発見。※本家サイトは自動アクセスを拒否するため保存版を参照)
- Gostilna Škafar(イドリヤ)2026年5月版メニュー(実額の価格根拠(バコヴァ添え16.50ユーロほか)、バコヴァの定義(羊肉と野菜のスロークック)、多言語での訳語)
- Praznik idrijskih žlikrofov 公式サイト(祭りの正式名称、2026年8月22日開催、会場パルク・メイツァ、30種類以上の出品、Tour de Žlikrofi と Jagerchef)
- イドリヤ観光局(Zavod za turizem Idrija)(祭りの開催ルール(8月の最後から2番目の土曜)、認証を受けた作り手、鉱夫の家庭食としての位置づけ、三つのユネスコの肩書き、500年で300万本超の水銀フラスク)
- スロベニア統計局(SURS)イドリヤ市統計(イドリヤ市の人口11,730人・面積293km²・人口密度40人/km²(2024年)、ゴリシュカ統計地域に属すること)
- 欧州中央銀行 日次参考為替レート(2026年9月21日時点で1ユーロ=180.70円。本文の円換算はすべてこのレートによる)
- Idrija UNESCO Global Geopark — Crafts and cuisine(地元の言い回し「口に1つ、フォークに1つ、皿の上の3つ目を見ている」、一食で最大700個、アントニー坑道1500年、精錬所1995年まで稼働)
写真(26枚)
- 1. Idrijski žlikrofi.jpg / Superchilum / CC BY-SA 4.0 / 原典
- 2. Zlikrofi with gulasch.jpg / Yerpo / CC BY-SA 3.0 / 原典
- 3. Žlikrofi 01.jpg / Shabicht / CC0 / 原典
- 4. GoriskaBrda1.jpg / Sl-Ziga / Public domain / 原典
- 5. Pyzy z mięsem.jpg / Ewkaa / CC BY-SA 4.0 / 原典
- 6. Idrija-Valvasor.jpg / Johann Weikhard von Valvasor / Public domain / 原典
- 7. Izvozni stolp Jaška Frančiške, Idrija, Slovenia (6918862385).jpg / Stephen Colebourne / CC BY 2.0 / 原典
- 8. Mercury mine, Idrija (49403000558).jpg / David Jones / CC BY 2.0 / 原典
- 9. Idrija-Mine-2-2021-Luka-Peternel.jpg / Luka Peternel / CC BY-SA 4.0 / 原典
- 10. Idrija-Mine-1-2021-Luka-Peternel.jpg / Luka Peternel / CC BY-SA 4.0 / 原典
- 11. Holy Trinity chapel in the Idrija Mine, Slovenia, 20240503 1430 8216.jpg / Jakub Hałun / CC BY 4.0 / 原典
- 12. Idrija Mine, Slovenia, 20240503 1430 8217.jpg / Jakub Hałun / CC BY 4.0 / 原典
- 13. Idrija Mine, Slovenia, 20240503 1455 8228.jpg / Jakub Hałun / CC BY 4.0 / 原典
- 14. Idrija Mine Funke Huster telephone.jpg / Yerpo / CC BY-SA 4.0 / 原典
- 15. Raufnk, Idrija, April 2024.jpg / A09 / CC BY 4.0 / 原典
- 16. Idrija town square.jpg / Yerpo / CC BY-SA 3.0 / 原典
- 17. Flags in Mestni trg (Town Square), Idrija (49403475511).jpg / David Jones / CC BY 2.0 / 原典
- 18. Fun run in Mestni trg (Town Square), Idrija (49402999808).jpg / David Jones / CC BY 2.0 / 原典
- 19. Idrija miners' theatre.jpg / MadBob / CC BY 4.0 / 原典
- 20. Idrijska cipka.jpg / レース制作: Pavla Podobnik/撮影: Ines Zgonc / Public domain / 原典
- 21. Idrija-klekljarica.jpg / Jani Peternelj / CC BY-SA 3.0 / 原典
- 22. Mizica za klekljanje.JPG / Janez Novak / CC BY-SA 3.0 / 原典
- 23. Klekljarice pri delu, Rudarska ulica Idrija, 1968.jpg / Srečo Kolar / Public domain / 原典
- 24. Ledine Idrija Slovenia 4.jpg / Doremo / CC BY-SA 4.0 / 原典
- 25. Cerkno – Labinje.jpg / Jeancaffou / CC BY-SA 3.0 / 原典
- 26. Soca river in Trenta (3).jpg / Krzysztof Golik / CC BY-SA 4.0 / 原典
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