シマ

世界の料理図鑑 モザンビーク

シマ

xima シマ Xima

一口目に来るのは、味ではなく質量です。

トウモロコシ粉(またはキャッサバ粉、モロコシ粉)を熱湯で練り上げた、モザンビークの主食です。

ほぼ無味。それが欠点ではなく仕様です。シマは味を運ぶための器であって、それ自体が主張する食べ物ではありません。

そして名前が国境で変わります。xima(モザンビーク)、nsima(マラウイ)、nshima(ザンビア)、ugali(ケニア・タンザニア)、sadza(ジンバブエ)、pap(南アフリカ)。料理は同じで、名前だけが切り替わる。

国・地域
モザンビーク全土。北部はキャッサバ粉、乾燥地帯はモロコシ粉
分類
主食(穀粉の練り物)
相場
シマ+おかずで100〜250メティカル(約250〜625円・推定)
主な材料
トウモロコシ粉500g、水、塩。沿岸部はココナッツミルクで練ることも
辛さ
—。ごく少量の塩か、まったく入れない
食べる場所
家庭。市場の食堂(barraca)。レストランで探すものではない
ベスト時間
昼・夜の主食。朝はパン(マタビーショ)
一人前の目安
拳ほど。必ずおかずと組む
食べ方
右手でちぎって団子にし、親指でくぼみを作ってソースをすくう
近い料理
マラウイの nsima(2017年ユネスコ登録)、ザンビアの nshima、ケニアのウガリ

01一口目に来るもの

ほぼ無味です。塩を入れる流儀でも、入れるのはごく少量。トウモロコシ粉のかすかな甘みと穀物の香りだけ。「一口目に何が来るか」と問われれば、味ではなく質量が来る、というのが正直なところ。

そしてそれが正しい。現地のメディアはこう書きます——「いいソースなしで食べるのはちょっと難しい」。シマは味を運ぶための器であって、それ自体が主張する食べ物ではありません。

食感は五段階。抵抗——指で押すと跳ね返る弾力がある。餅ほど伸びず、練り粉ほど崩れない。もったり——口に入れると舌の上で重く広がる。噛むというより押し潰す感覚。

粒——粗挽き粉ならざらついた粒が舌に残り、細挽きなら滑らか。地域と粉によって別物になります。

溶ける——唾液のアミラーゼで甘みが出てきて、後半になって甘くなる。そして腹に来る。食べ終わってから存在感が出ます。

シマ
赤い魚とシマ。シマは必ずおかずと組む

02ダマにしない、という一点

工程は単純です。①水(またはココナッツミルク)を沸騰させる →②沸騰した液に粉を注ぎながら、木べらで絶え間なく混ぜる →③塩を加え、望む固さになるまで混ぜ続ける。

失敗の理由は六つ。ダマになる——最大にして最頻の失敗です。「沸騰した湯に」「粉を注ぎながら」「絶えず混ぜる」の3点を同時にやる。粉を先に入れて水を足す、混ぜる手を止める、一気に粉を入れる、のどれをやってもダマになり、ダマは後から潰せません。

練りが足りないと、粥(papa)にはなってもシマにはならない。「木べらが立つ」くらいまで練る。腕が疲れるのが正常です。

水と粉の比率を最初に決めきるのも失敗。粉の挽き具合と乾き具合で吸水量が違うので、先に緩めに作り、粉を足しながら固さを調整するのが現地のやり方。逆はできません。

塩を入れすぎると、おかず(マタパ、魚、鶏)の味が立たなくなる。そして冷ますと急速に固くなるので、熱いうちに食べるのが前提です。

なお、粉を買ってくる前提のレシピは工程の後半だけを見ています。本来はトウモロコシを搗いて粉にするところからが、この料理です。

シマ
親戚の家で、皿を手に魚を手で食べる青年(モザンビークで撮影)
シマ
三つ石のかまど。ここに鍋を載せて練る

三つの石が、かまどになる

地面に三つの石を置いて、その真ん中で薪を燃やし、上に鍋を載せる。マットゥワと呼ばれる形式です。

火加減の調整は、薪を押し込むか引くかで行います。強火で放置すると鍋底に張り付いて焦げ、弱すぎると糊化しない。

混ぜ続けている限りは中火でよい——それが唯一のコツです。

シマ
マカカ。乾燥させたキャッサバと粉。北部ではこれがシマになる
シマ
エトクワ。粉をふるうための籠
シマ

第 二 章

ト ウ モ ロ コ シ は 後 か ら 来 た

「ポルトガル人が持ち込んだ」は、実は裏が取れていない

03シマは元々トウモロコシの料理ではなかった

よく「ポルトガル人が新大陸からトウモロコシを持ち込んだ」と書かれます。ところが——

1965年の学術論文(Marvin P. Miracle)は、この説は「現時点では文書で裏付けられない(cannot be documented at this juncture)」と明言し、「トウモロコシは熱帯アフリカに、複数の地点で、異なる時期に導入されたと考えられる」と結論しています。

しかも東・中央熱帯アフリカでトウモロコシが主食になったのは20世紀に入ってから。ウガンダでは1861年時点でも知られていませんでした。

つまり——シマは元々トウモロコシの料理ではなかった可能性が高い。モザンビークの料理辞典は、この料理の材料として「キャッサバ、トウモロコシ、またはマピラ(モロコシ)」を並記しています。トウモロコシ以前はモロコシやトウジンビエで作っていた——その名残が、いまも xima de mapira として残っています。

そしてモザンビークではキャッサバのほうがトウモロコシより多くのカロリーを供給しています(摂取カロリーの30%)。北部ではキャッサバ粉のシマが日常です。

成立年代は不明。置き換えの年代を示す資料は見つかりませんでした。

シマ
マラングァレネの家並み。マプトの住宅地
シマ
夕暮れのマプト市街。高い建物の屋上から、緑の多い街並みと海を望む

いいソースなしで食べるのは、ちょっと難しい。シマについての現地メディアの表現

04種類を並べてみる

材料の穀物と、地域で名前が変わります。

名前特徴食べ方
シマ・デ・ミーリョ(トウモロコシ)最も一般的。白トウモロコシ粉。ほぼ無味で白い右手でちぎって団子にし、へこませてソースをすくう
シマ・デ・マピラ(モロコシ)粉が茶色〜赤みを帯びる。やや酸味と穀物香が強い。乾燥地帯で味が強いぶん、おかずは素朴でよい
シマ・デ・マンジオカ(キャッサバ粉)粘りが強く、より重い。北部(ナンプラ、ザンベジア)でマタパとの相性がよい
シマ・コン・ココ(ココナッツ入り)ココナッツミルクで練る。沿岸部甘みと脂があるので、シマ自体を味わえる
ウプシュワ/ウチュア別名として挙げられる呼称。どの言語・地域の語かは不明同じもの。呼び名が違うだけ
ンシマ/ンシマ/ウガリ/サザ/パップマラウイ、ザンビア、ケニア・タンザニア、ジンバブエ、南アフリカほぼ同じ料理。国境をまたいで連続する食文化圏
シマ
マプトの街並み。屋根の下に台所がある
シマ
モザンビーク島の通り。ギターを担いだ男

05食べ方の作法

手で食べます。右手で熱いシマをちぎり、掌で軽く丸め、親指でくぼみを作って、そこでソースをすくう。スプーンのように使います。

食前に手を洗う。共同の水差しと洗面器が回ってくる形式が一般的。

共食が本質です。隣国マラウイの nsima についてのユネスコ登録文は「家族での共食の伝統であり、絆を強める機会」と明記しています。

昼・夜の主食。朝はパン(マタビーショ)であることが多い。

シマ単体では食べません。マタパ、豆、焼き魚、鶏、青菜——必ず何かと組みます。

シマ
モザンビーク島の橋
シマ
モザンビーク島の町。インド洋交易の結節点だった

06いくらで食べられるか

2026年時点の目安です。シマの価格を明示した一次資料は存在しません。下記はすべて「食事全体の統計値」からの推定です。

シマの相場(2026年時点の目安・推定)価格
屋台・市場の食堂(シマ+豆/青菜)100〜250メティカル/約250〜625円(推定)
一般の食堂(シマ+魚/鶏)300〜650メティカル/約750〜1,600円
レストラン(付け合わせとして。食事全体で1人)1,500〜2,500メティカル/約3,750〜6,250円
参考:白米1kg97メティカル/約240円
参考:小麦粉1kg(2025年6月・ガザ州)約55メティカル/約138円
トウモロコシ粉の小売単価確認できず=不明

07どこで食べるか

基本的に「どこでも」。ただし観光レストランよりも、家庭と市場の食堂で食べるものです。

マプト——Mercado Central de Maputo(1903年開業)の周辺の食堂・惣菜が最も現実的。Artistas、Lugar e Meio。

ベイラ——Só Tacho Restaurante e Catering、Restaurante Tchicalango。

モザンビーク島——Sara’s Place(「authentic local food」「island cuisine」)、Escondidinho。

イーニャンバネ/トフー——Sombras の「plate of the day」。

ただし「シマが名物」と特定できる店はありません。この料理はレストランで探すものではない——その事実そのものが、この主食の性格を語っています。

シマ
モザンビーク島の小舟。名前が国境で変わる料理の、こちら側

08豆知識

ユネスコに登録されているのは「マラウイの nsima」であって、モザンビークのシマではない。2017年に「Nsima, culinary tradition of Malawi」が人類の無形文化遺産代表一覧表に登録されました。同じ料理が国境をまたいで違う名前で呼ばれているのに、登録されたのは1か国分だけ、という状態です。

「ポルトガル人がトウモロコシを持ち込んだ」は、実は裏が取れていない。1965年の学術論文は「文書で裏付けられない」とし、「複数の地点で、異なる時期に導入された」と結論しています。

名前が国境で変わる。xima、nsima、nshima、ugali、sadza、pap/uphuthu。料理は同じで、名前だけが国境で切り替わる。アフリカ南部を旅すると、同じ皿が毎日違う名前で出てきます。

ほぼ無味であることが機能である。シマは味の器。おかずの味を邪魔しないことが仕事です。「味がない」は欠点ではなく仕様。

為替レート:1モザンビーク・メティカル=約2.50円で換算しています(2026年8月31日時点)。本記事の価格はすべて食事全体の統計値からの推定です。現地で必ずご確認ください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。