世界の料理図鑑 日本
ふなずし
鮒寿司 ふなずし Funazushi
寿司の原型が、いまも滋賀に残っている。チーズのような香りと強烈な酸味は、米と塩と魚だけで作られる。
日本の寿司の原型は、酢飯ではない。魚を米に漬けて乳酸発酵させる「なれずし」である。
その最古の形をいまも保っているのが、滋賀県の「ふなずし」だ。琵琶湖の固有種ニゴロブナを塩に漬け、夏の土用に炊いた飯へ漬け直し、晩秋まで待つ。飯は詰め物であって、主役ではない。
薄く切って口に入れると、まず酸味と塩気が来る。そのあとから、チーズによく例えられる濃い発酵の香りが立ち上がってくる。好き嫌いは、はっきり割れる。
- 国・地域
- 日本。滋賀県(琵琶湖沿岸)。大津・高島・近江八幡・長浜・米原など
- 分類
- なれずし(本なれ)。乳酸発酵させた保存食
- 相場
- 丸一尾3,850円〜。スライスなら小分けで360円〜
- 主な材料
- ニゴロブナ(子持ちの雌が標準)、米、塩。これだけ
- 辛さ
- 辛くない。酸味と塩気が主役
- 食べる場所
- 滋賀県内の老舗(元祖阪本屋、喜多品老舗、魚治 湖里庵、飯魚ほか)
- ベスト時間
- 晩秋から正月。ハレの日の馳走として
- 一人前の目安
- 3〜5mmの薄切りで数枚。それで十分に濃い
- 食べ方
- 薄切りで酒の肴。定番は熱い茶をかける鮒ずし茶漬け
- 近い料理
- かぶらずし、ハタハタずし、サバのなれずし、チーズ
01一口目に来るもの
皿の上に、飴色の薄切りが数枚。縁に飯(いい)が白く残り、切り身の中央には黄色い卵がぎっしり詰まっている。皿に近づけると、もう香りが来る。
実食の記録で圧倒的に多い表現は「チーズ」だ。「濃厚なチーズのカプレーゼという感じ」「フランスチーズのような独特な香り」。もっと直接的に「ヨーグルトを何十年も発酵させた匂い」と書いた人もいる。
口に入れて最初に来るのは、びっくりするほどの塩気と酸味である。そのあと、噛むほどに旨みが濃くなる。身は思ったより固く、ぐにぐにした歯ごたえがある。皮は「ミノみたいにくちゃくちゃ噛む」感じだと表現される。卵の部分だけは柔らかく、これがいちばん食べやすいという人が多い。
一方で「ヤギのチーズをさらに濃くして、強烈な酸っぱさを足したような味」「二度と食べたくない」という感想も、正直に記録として残っている。万人向けの食べ物ではない。それでも千年以上、この土地で作られ続けてきた。


第 二 章
湖と、米と、塩と
琵琶湖の西浜。夕暮れの桟橋
02ニゴロブナという魚
原料は琵琶湖の固有種、ニゴロブナである。標準的には、卵を持った雌を使う。3月から5月の産卵期に獲れたものが、その年のふなずしになる。
この魚が減っている。琵琶湖の漁獲量は昭和40年ごろに約500トンあったものが、平成元年に178トン、平成9年には18トンまで落ちた。令和元年で36トン。県は稚魚の放流とヨシ群落の保全を続けているが、平成29年以降はまた減少傾向にある。
子持ちの雌は、雄の十倍の値が付くこともある。とはいえ「雄の身のほうが旨い」と言って、あえて雄を選ぶ愛好家も少なくない。
近江八幡の飯魚のように、食用ニゴロブナの養殖に取り組む店もある。この魚がいなくなれば、ふなずしという食文化そのものが終わる。



03塩切りと、飯漬けと
工程は二段構えになる。まず「塩切り」。鱗とエラ、卵巣以外の内臓を取り、腹に塩をぎっしり詰めて桶に交互に重ね、重石をかけて冷暗所に置く。ここで二か月から三か月。春に漬けて、夏の土用まで待つ。
次が「飯漬け」=本漬けだ。塩を抜くために、鱗の模様が消えるまでブラシで徹底的に磨き洗う。硬めに炊いた飯を腹に詰め、桶に飯と魚を交互に敷き詰め、空気を抜いて重石を載せる。初めは20キロ、一週間後にさらに10キロ、という具合に重石を足していく。
漬け込むのは土用のころ、7月19日から8月6日あたり。気温が高いうちに一気に乳酸発酵を進めるためだ。ここで空気が入ると嫌気発酵にならず、洗いが甘ければ臭みが残る。漬けてすぐ気温が上がらなければ発酵不良で異臭が出る。
そして晩秋、食べ頃になる。一年で足りなければ二年、三年と寝かせる蔵もある。乳酸のほか、ギ酸・酢酸・プロピオン酸・酪酸などが生まれ、pHが下がって腐らなくなる。冷蔵庫のない時代の、化学の答えである。


04千年前の献立表に載っている
奈良時代、平城京跡から出土した木簡に「鮒鮨」「鮨鮒」の文字がある。長屋王家木簡と二条大路木簡だ。八世紀の都に、すでにこの食べ物があった。
平安時代の『延喜式』には、近江国の筑摩厨(現在の米原市)から「鮨鮒」を朝廷へ貢納する、米と塩で製造する、と記されている。土地と製法が、千年以上前から変わっていない。
豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、陣中見舞いとして送られた記録も残る。江戸時代には春の魚だけでなく秋冬の「紅葉鮒」も使われたが、夏を越さないぶん発酵が遅く、こちらは廃れた。
1998年、滋賀県は「滋賀の食文化財」としてふなずしを県の無形民俗文化財に認定している。


05琵琶湖で獲る
琵琶湖の漁は、湖岸の地引網から沖の刺し網までさまざまだ。ニゴロブナは産卵のためにヨシ帯へ寄ってくる春が漁期になる。
ヨシ帯は産卵場所であり、稚魚の育つ場所でもある。だから琵琶湖の保全とふなずしの存続は、同じひとつの問題として語られる。県が稚魚の放流とヨシ群落の保全を並べて進めているのは、そういう理由だ。
湖の周りには、大津、近江八幡、長浜、高島と、それぞれに老舗がある。同じふなずしでも、塩加減も漬け込み期間も店ごとに違う。



06切り方と、食べ方と
包丁を入れる前に、冷凍庫で少し冷やすと切りやすい。厚さは3〜5ミリ。薄いほど食べやすくなる。
最初の一皿としては、断然「鮒ずし茶漬け」を勧めたい。熱々のご飯に切り身を三枚のせ、醤油を数滴たらし、熱い茶をかける。身が柔らかくなり、旨みの油分が染み出して、酸味の角が取れる。生で食べるより、ずっと入りやすい。
頭と尾は捨てずに吸い物にする。腹から出した飯(いい)も食べられる。味噌汁に入れる、なめろうに混ぜる。飯だけを買いに来る常連客がいる店もある。
酒は日本酒か白ワイン。乳酸の酸味は、どちらとも合う。


07いくらで買えるか
琵琶湖の漁師直送を掲げる魚友商店では、子持ち鮒寿司がSサイズ100gの丸一尾で3,850円、Mサイズ150gで4,970円、Lサイズ200gで6,060円。特大の420g以上になると10,550円になる。スライス済みはそれぞれ数百円高い。
創業明治二年の元祖阪本屋は3,240円・5,400円・10,800円と箱のサイズで分かれる。近江八幡の飯魚は30g360円からの小分けもあり、はじめて試すならこの形がいい。
高島市の総本家 喜多品老舗は約四百年続く。同じく高島の魚治 湖里庵、大津の松田魚伊、長浜の黒壁AMISUなど、湖の周りをめぐるだけでいくつも老舗にあたる。


08なれずしと、いまの寿司
ふなずしは「本なれ」と呼ばれる。魚・米・塩だけで長期間発酵させ、飯は食べる主体ではない、という形だ。現存するなれずしの中で、最も古い姿を残しているとされる。
これに対して、秋田のハタハタずしや石川のかぶらずしは「いずし」系。米に麹を加えるので発酵が早く、甘みが出て、漬け床ごと食べる。和歌山のサバのなれずしは米飯だけで発酵させる、ふなずし寄りの作りである。
そして、飯を発酵させずに酢で酸味をつけ、その場で握って食べるようにしたのが、いまの寿司だ。江戸の速さが、千年の待ち時間を数分に縮めた。ふなずしは、その分岐点の手前に立ち止まったままの食べ物である。
09豆知識
平城京の木簡に名前が残ることから、しばしば「現存する最古の寿司」と呼ばれる。
雌は高価だが、身の味では雄を好む人も多い。値段の順と好みの順が一致しない珍しい食べ物だ。
漬け飯(いい)だけを買っていく常連がいる。魚より飯が好き、という層が確実に存在する。
ふなずし由来の乳酸菌を使ったサプリメントまで売られている。乳酸菌の宝庫として研究対象にもなっている。
燻製にするとチーズ寄りの風味になり、香りの角が和らぐ。クリームチーズと合わせる、天ぷらにする、といったアレンジも広がっている。
近くの棚から 日本のもう一品
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Funazushi of Uoju.jpg / Kida Yasuo / CC BY 2.0
- 02/Funazushi plate.png / Flickr user Kida Yasuo cropped by Whidou / CC BY 2.0
- 03/Funazushi 鮒寿司 Maibara City Shiga Japan 2022-10-06.jpg / ウィキ太郎(WikiTaro) / Public domain
- 04/琵琶湖 西浜から Lake Biwa – panoramio.jpg / baggio4ever / CC BY 3.0
- 05/Carassius cuvieri by OpenCage.jpg / 作者不明 / CC BY-SA 2.5
- 06/Carassius cuvieri – Osaka Museum of Natural History – DSC07759.JPG / Daderot / CC0
- 07/Carassius carassius1.jpg / A. F. Lydon / Public domain
- 08/Rice in the wooden tub.jpg / Toby Oxborrow from Kowloon, Hong Kong / CC BY-SA 2.0
- 09/Meiji Jingu Shrine. Saki Barrels. (27915377617).jpg / Bernard Spragg. NZ from Christchurch, New Zealand / Public domain
- 10/Otsu Gyosho Tokaido.jpg / Utagawa Hiroshige / Public domain
- 11/Inner lakes surrounding Mount Azuchi (c. 1928).jpg / 滋賀県(Cf. https://archives.pref.shiga.lg.jp/OPAC/DocSch/Details/60011) / Public domain
- 12/Kyoto, Biwa ko, fishermen 3.jpg / Marie-Sophie Mejan / CC BY 4.0
- 13/Kyoto, Biwa ko, fishermen 2.jpg / Marie-Sophie Mejan / CC BY 4.0
- 14/琵琶湖 今津プリンスホテル裏 Lake Biwa – panoramio.jpg / baggio4ever / CC BY 3.0
- 15/Funazushi.jpg / Kida Yasuo / CC BY 2.0
- 16/Top view of Lake Biwa.jpg / Lonely Planet Japan / CC BY-SA 4.0
- 17/Hikone castle5537.JPG / 日:Jnn / CC BY 2.1 jp
写真の出典
本文中の写真はすべてWikimedia Commonsより。各画像のライセンスは以下のとおりです。
0 Funazushi of Uoju.jpg/Kida Yasuo/CC BY 2.0/Wikimedia Commons
1 Funazushi plate.png/Flickr user Kida Yasuo cropped by
Whidou/CC BY 2.0/Wikimedia Commons
2 Funazushi 鮒寿司 Maibara City Shiga Japan 2022-10-06.jpg/ウィキ太郎(WikiTaro)/Public domain/Wikimedia Commons
3 Funazushi.jpg/Kida Yasuo/CC BY 2.0/Wikimedia Commons
4 Carassius cuvieri by OpenCage.jpg/不明/CC BY-SA 2.5/Wikimedia Commons
5 Carassius cuvieri – Osaka Museum of Natural History – DSC07759.JPG/Daderot/CC0/Wikimedia Commons
6 Carassius carassius1.jpg/A. F. Lydon/Public domain/Wikimedia Commons
7 Kyoto, Biwa ko, fishermen 3.jpg/Marie-Sophie Mejan/CC BY 4.0/Wikimedia Commons
8 Kyoto, Biwa ko, fishermen 2.jpg/Marie-Sophie Mejan/CC BY 4.0/Wikimedia Commons
9 琵琶湖 今津プリンスホテル裏 Lake Biwa – panoramio.jpg/baggio4ever/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
10 琵琶湖 西浜から Lake Biwa – panoramio.jpg/baggio4ever/CC BY 3.0/Wikimedia Commons
11 Top view of Lake Biwa.jpg/Lonely Planet Japan/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
12 Rice in the wooden tub.jpg/Toby Oxborrow from Kowloon, Hong Kong/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons
13 Meiji Jingu Shrine. Saki Barrels. (27915377617).jpg/Bernard Spragg. NZ from Christchurch, New Zealand/Public domain/Wikimedia Commons
14 Hikone castle5537.JPG/日:Jnn/CC BY 2.1 jp/Wikimedia Commons
15 Otsu Gyosho Tokaido.jpg/Utagawa Hiroshige/Public domain/Wikimedia Commons
16 Sashimi of São Paulo.jpg/Wilfredor/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
17 Inner lakes surrounding Mount Azuchi (c. 1928).jpg/滋賀県(Cf. https://archives.pref.shiga.lg.jp/OPAC/DocSch/Detail/Public domain/Wikimedia Commons
参考にした資料
Wikipedia「鮒寿司」「なれずし」
ふなずし.org(滋賀県)「作り方」「食べ方」
滋賀県「ニゴロブナ資源の状況」
元祖阪本屋(大津市・創業明治2年)
総本家 喜多品老舗(高島市)
魚治 湖里庵(高島市)
飯魚(近江八幡市)
魚友商店 商品情報
デイリーポータルZ「鮒寿司」実食記事
発酵ろまん「鮒寿司」
市場魚貝類図鑑
※ニゴロブナの自由利用可能な写真がないため、同じ琵琶湖のフナの仲間(ゲンゴロウブナ)や図版を使い、キャプションに明記しています。






