くさや

世界の料理図鑑 日本

くさや

伊豆諸島の発酵干物 くさや Kusaya

塩が年貢だった島で、塩水を捨てずに使い回した。三百年使い続けた汁が、日本一と言われる匂いを作る。

焼くと、部屋が終わる。くさやを知っている人はまずそう言う。

伊豆諸島の干物である。普通の干物が塩水に漬けてから干すところを、くさやは「くさや液」という発酵液に漬けてから干す。この液が匂いの正体だ。三百年継ぎ足されてきた液が、いまも現役で使われている。

ところが口に入れると、話が変わる。匂いから想像する味は来ない。ぎゅっと締まった身から、濃く凝縮した旨みが出てくる。「臭いと分かっていながら、もう一度かぎたくなる」と書いた記者がいる。

国・地域
日本。伊豆諸島(大島・利島・新島・式根島・神津島・三宅島・八丈島・青ヶ島)
分類
発酵干物。くさや液に漬けてから乾燥させる
相場
1枚1,080円前後。300gパックで2,500円前後
主な材料
クサヤモロなどのムロアジ類、トビウオ、シイラ、くさや液
辛さ
辛くない。塩気は意外に穏やか
食べる場所
島の宿・食堂、東京・竹芝のアンテナショップ、池袋のくさやバーなど
ベスト時間
夜。島焼酎か日本酒の肴として
一人前の目安
1枚。ほぐして数人でつつくこともある
食べ方
弱火で背7分・腹3分を目安に炙る。苦手ならマヨネーズと七味
近い料理
シュールストレミング、ホンオフェ、干し鱈、アンチョビ

01一口目に来るもの

まず開封の瞬間がある。「鼻を刺すようなニオイが直撃し、不意打ちに思わず顔がのけぞる」。ある記者はそう書いた。焼き始めると、さらに強くなる。

その記者は焼いている最中の匂いを、こう表現している。牧場や動物園を歩いていて、ものすごく匂いのきつい場所を通ってしまったことがあるだろうか。あの空気をぎゅっと凝縮して、鼻の穴に無理やり詰め込んだような感じだ、と。

ところが、食べると印象が反転する。「ぎゅっと凝縮された旨みと強めの塩味がたまらない」。クセのある風味はむしろアクセントになる。身は相当な弾力があり、包丁がなかなか通らないほど締まっている。塩気は思ったより穏やかで、噛むほど魚の旨みが濃くなる。

そして後味。「臭いと分かっていながら、もう一度かぎたくなってしまうような不思議な奥深さ」。この一文が、くさやという食べ物の性格をいちばん正確に言い当てている。

くさや
八丈島で売られているくさや
くさや
八丈島のくさや定食
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第 二 章

塩が、年貢だった

夏の新島

02塩を捨てられなかった島

伊豆諸島は江戸幕府の天領だった。稲作ができない島々で、年貢として納めたのは塩である。つまり島の人にとって、塩そのものが極めて貴重だった。

だから魚を漬けた塩水を捨てなかった。何度も繰り返し使い、減った分だけ足していく。そのうち塩水に魚の可溶成分が溶け込み、微生物が住み着き、発酵液になった。くさや液は、貧しさから生まれた偶然の産物である。

元祖は新島とする説が有力とされる。別に「ミサゴが捕った魚の残りが海水で自然発酵したのを漁師が見つけた」という文献上の説もある。

「くさや」という名前の由来には諸説ある。江戸の魚河岸で「くさいや」と呼ばれたから、という説がよく紹介されるが、新島の方言「クサヨ」に由来するという説もあり、どれか一つに決まってはいない。明治末期までは安い雑魚の保存食=下等品の扱いだったが、食通の評価によって高級珍味の側へ移った。

くさや
伊豆諸島の地図(図)
くさや
1847年の木版で刷られた伊豆諸島の地図(絵図)

03くさや液の中身

液は茶褐色で、粘り気がある。塩分は10〜15パーセント程度。pHは約8の弱塩基性とする資料があり、東京都の資料は「中性からややアルカリ性」と表現している。ただし東京都の資料によれば八丈島の液が約8〜11パーセント、他の島は約3〜5パーセントと、島によってかなり違う。

主役の微生物はコリネバクテリウム・クサヤ、いわゆるクサヤ菌と、耐塩性の酵母である。臭気の成分は酪酸、プロピオン酸、トリメチルアミン、アンモニアなど。要するに、匂いの正体は有機酸とアミンだ。

面白いのは抗菌性だ。東京農業大学の研究では、くさや汁がさまざまな微生物に抗菌活性を示し、抗生物質を作る放線菌の分離にも成功している。医療体制が整っていなかった時代、島民は腹を壊せばくさや汁をスプーン一杯飲み、ケガをすれば患部に塗ったという。天然の抗生物質だったわけだ。

さらに、青魚なのにヒスタミン食中毒が起きにくい。液にヒスタミン生成菌が少なく、分解菌を含むためだと説明されている。低塩分・生乾きでも腐らない理由がここにある。

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ムロアジの仲間(Decapterus koheru)。くさやの主原料はムロアジ類だ
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19世紀のアジの博物画(絵。オランダ・ナチュラリス所蔵)
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水面を飛ぶトビウオを描いた石版画(絵)

04漬けて、干す

工程そのものは単純だ。原料魚を開いて内臓を取り、しっかり水洗いして血を抜く。次にくさや液へ。新島では10時間から20時間、取材記録では1日から2日というものもある。引き上げてまた水洗いし、天日または通風で48時間から60時間干す。

手のかかるのは液の管理のほうである。地下に置き、毎日撹拌し、使ったあとは休ませる。魚は重ならないよう一枚ずつ漬け、垂れた一滴も槽に戻す。伊豆大島の作り手は「くさやの一滴は血の一滴」と言った。

発酵と乾燥によって成分が濃縮される。食品成分表のくさやの値は、100グラムあたりたんぱく質49.9グラム、カルシウム300ミリグラム。原料のむろあじ(生)が23.6グラム・19ミリグラムだから、たんぱく質で二倍、カルシウムでは十五倍を超える。保存食であり、栄養食でもあった。

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板にのせて出したトビウオのくさや
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干物店が並ぶ通り(写真は三重県紀伊長島)

05島によって、味が違う

生産者ごとに液が違う。菌の量も塩分も違うので、それぞれのくさや液に個性がある。だから島ごと、店ごとに味が変わる。

新島は香りが強く、独特の風味を持つ。愛好家向けだ。「くさやの里」という加工団地まである。対して八丈島は液の塩分が高く、そのぶん塩抜きの水漬け時間が長いので、匂いが穏やかになる。肉厚で柔らかく、初めての人はこちらから入るのがいい。

大島は江戸幕府に塩干品を献上していた歴史を持ち、匂いは新島寄りに強め。神津島は自家消費用で柔らかいものが好まれる。

三宅島は2000年の噴火による全島避難で生産が壊滅した。それでも、菌の系譜であるくさや液の維持だけは続けられている。液さえ生きていれば、いつか再開できるからだ。

島液・味の傾向誰向きか
新島香りが強く独特。元祖とされる愛好家向け
八丈島液の塩分が高く匂いは穏やか。肉厚で柔らかいはじめての一枚に
大島匂いは強め。江戸への献上の歴史新島の次に
神津島自家消費用で柔らかい島で食べるなら
三宅島2000年の噴火で生産は壊滅。液の維持のみ—
くさや
新島の海
くさや
八丈島の黒砂海岸

06焼き方と、逃げ方

焼き加減の目安は、弱火で背(皮側)7分、腹側3分。冷凍品は解凍してから焼く。焼いている最中がいちばん匂う。

匂いを抑えたいなら方法はある。アルミホイルで包んでトースターで焼く。雨の日に焼く。オイルに封じてアヒージョにする。どれも島の人や愛好家が実際にやっている手だ。

苦手な人の定番はマヨネーズと七味である。酒・醤油・砂糖のタレも合う。ほぐして白米にのせ、お茶漬けにするのもいい。くさや納豆チーズ包み焼き、はんぺんに挟んで焼く、といった食べ方も紹介されている。

合わせる酒は島焼酎が王道。乳酸の多い日本酒とも合う。八丈島には、バーとのコラボで生まれた「くさやチーズ」という商品まである。

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七輪でサンマを焼く。くさやも同じように炭火で炙る(写真はサンマ)
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炭火にかけられた魚(写真はサンマ)

07いくらで買えるか

新島産の青むろくさやが1枚1,080円(税込)。新島特産品センターにはパック詰めや瓶詰も並んでいるが、規格と価格の対応は店の表示で確認してほしい(青むろで—、トビウオで2,870円といった価格帯)。

東京で買うなら、竹芝のアンテナショップ「東京愛らんど」がいちばん確実だ。東海汽船の通販「島ぽち」もある。八丈島の藍ヶ江水産が出す「幻のくさやチーズ」は60グラムで810円。

食べに行くなら、池袋の「くさやバー」、八重洲の酒場「ふくべ」あたりが知られている。新島の居酒屋でももちろん出る。

くさやの相場(2026年8月時点の目安)価格
新島産 青むろくさや 1枚1,080円(税込)
新島特産品センターの青むろくさや(規格は店頭表示で要確認)2,980円前後
同 トビウオのくさや(規格は要確認)2,870円前後
幻のくさやチーズ 60g(八丈島・藍ヶ江水産)810円(税込)
東京から新島へのフェリー(片道)3,000〜10,000円台
くさや
伊豆大島
くさや
くさや(伊豆大島)

08世界の「臭い食べ物」の中で

東京聖栄大学の資料に、臭気を数値化したアラバスター単位(Au)の比較がある。シュールストレミング8,070、ホンオフェ6,230、エピキュアーチーズ1,800、キビヤック1,370。

そしてくさやは、焼きたてで1,267。加熱前なら447まで下がる。つまり「日本一臭い」と言われるくさやも、世界基準ではシュールストレミングの六分の一ほどでしかない。焼かなければ、さらにその三分の一だ。

ただしこの数値は学生の発表資料が出典で、測定条件が明示されていない。順位もメディアによって揺れる。参考程度に受け止めておくのがいい。

世界に目を向ければ、ノルウェーの干し鱈、インドネシアの干しダコ、地中海のアンチョビと、魚を干して発酵させる知恵はどこにでもある。塩が足りない、冷蔵庫がない、という条件が同じなら、人間の出す答えも似てくるらしい。

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ロフォーテン諸島の干し鱈(ノルウェー)
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アチェの干しダコ(インドネシア)

09豆知識

くさや液は嫁入り道具だった。伊豆七島では嫁入りの際、実家秘伝のくさや汁を分けて娘に持たせる風習があったという明治期の記録が残っている。

薬でもあった。腹を壊せば飲み、ケガをすれば塗った。後年の研究で、抗菌物質を含むことが裏づけられている。

「くさや」という名前は島ではなく江戸で付いた。日本橋の魚河岸の呼び名がそのまま定着した。

明治末期までは下等品扱いだった。安い雑魚の保存食が、食通の評価によって高級珍味に転じた。

三宅島では噴火で生産が絶えたが、くさや液だけは守られている。菌が生きていれば、食文化は復活できる。

ご注意:価格・取扱いは2026年8月時点の目安です。臭気の数値(Au)は出典の測定条件が明示されておらず、参考値としてお読みください。集合住宅などで焼く際は、においが長く残ることをご承知おきください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

写真の出典

本文中の写真はすべてWikimedia Commonsより。各画像のライセンスは以下のとおりです。

0 Kusaya-oshima-march1-2007.jpg/Nesnad/CC BY 3.0/Wikimedia Commons

1 Kusaya for sale – hachijojima – 2018 5 5.jpg/Nesnad/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

2 Kusaya lunch set – hachijojima – 2018 5 5.jpg/Nesnad/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

3 Flying fish dried in the sun (5900469748).jpg/pelican from Tokyo, Japan/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons

4 Kii-Nagashima Himono Street ac (1).jpg/Asturio Cantabrio/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

5 Decapterus koheru (koheru).jpg/不明/Public domain/Wikimedia Commons

6 Naturalis Biodiversity Center – RMNH.ART.483 – A species of Decapterus – Yūshi Ishizaki – Cock Blomhoff Collection – pencil drawing – water colour.jpg/Ishizaki Yūshi/Public domain/Wikimedia Commons

7 A flying fish shown flying over water. Coloured lithograph b Wellcome V0022106.jpg/不明/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

8 ShichirinSanma Japan.JPG/DryPot/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

9 Sanma 001.jpg/Ocdp/CC0/Wikimedia Commons

10 Niijima Island in Summer^ Aug-12-2007 – panoramio (1).jpg/Michael Tsutsui/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

11 Niijima Island in Summer^ Aug-26-2005 – panoramio.jpg/Michael Tsutsui/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

12 Hachijojima Kurosuna.JPG/Matryokeshi/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

13 Izu-Oshima-IMG 4759.jpg/Donners/CC BY-SA 1.0/Wikimedia Commons

14 Map of Izu Islands.png/Artanisen/Public domain/Wikimedia Commons

15 1847 Japanese Edo Period Woodblock Map of the Izu Islands (Tokyo or Edo) – Geographicus – IsuIslands-japanese-1730.jpg/http://www.geographicus.com/mm5/cartographers/japanese.txt/Public domain/Wikimedia Commons

16 Stockfish in Lofoten.jpg/Ellen from Rotterdam, The Netherlands/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

17 Dried octopus in Aceh.jpg/Si Gam/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

参考にした資料

Wikipedia「くさや」

サカナト「伊豆諸島の伝統<くさや>の歴史」

東京農業大学 研究成果(くさや汁中の抗菌物質)

日本化学会 化学フェスタ2024 発表資料

マイナビニュース「ゆとり記者のくさや初体験」

TSURINEWS「くさやは臭いのになぜ美味しいのか」

SHUN GATE「島の発酵食くさや」

マルコメ 発酵美食「くさやの一滴は血の一滴」

東京都 地域資源「東京のくさや」

八丈島水産加工業協同組合

島ぽち(東海汽船)

東京聖栄大学 生化学研究室 資料(臭気の比較)

※くさやの製造工程(くさや液の槽、漬け込み)の自由利用可能な写真が存在しないため、原料魚・天日干し・七輪などの写真で説明し、キャプションにその旨を明記しています。