世界の料理図鑑 ベナン
ワガシ
wagasi ワガシ Wagasi
名前の意味は「乳が震える」。ソンガイ語です。
牛乳に、ある低木の樹液を加えると、十数分で固まります。
ベナン北部で作られている生チーズの話です。
ただしその「ある低木」について、英語版Wikipediaは間違った植物名を書いています。
- 現地名
- wagasi / waagashi(ベナン)
- フルベ語
- gasire(ガシレ)
- 語源
- ソンガイ語 waa(乳)+ gashi(震える)
- 読み
- ワガシ
- 分類
- フレッシュチーズ(非熟成)
- 凝固剤
- Calotropis procera(カロトロピス・プロケラ)の樹液
- 凝固の仕組み
- プロテアーゼ(酵素)。酸ではない
- 地域
- ベナン北部(パラクー周辺)、ニジェール、ナイジェリア北部
- 担い手
- フルベ(フラニ)。起源はソンガイ
- 収率
- 牛乳5L → 約1kg
01一口目に来るもの
焼くか揚げるかしてから食べるのが一般的です。
表面はきつね色に色づいて、中は白く、弾力がある。
塩気は弱い。ほとんどありません。
味としては、無塩のモッツァレラに近い方向で、そこに乳の甘さが少し強く出ます。
熟成させないので、チーズ特有の匂いはありません。
日本のチーズの感覚で「熟成した風味」を期待すると、拍子抜けするはずです。

02英語版Wikipediaの凝固剤は間違いです
英語版Wikipediaの「Wagasi」の項目は、凝固剤として Bombax ceiba(フランス語で fromagier)を挙げています。
これは誤りです。
学術論文(2001年、2020年、2024年)はいずれも Calotropis procera(カロトロピス・プロケラ)だと一致しています。
しかも英語版はこれを「酸性物質」と説明していますが、実際に働いているのはプロテアーゼ、つまりタンパク質分解酵素です。
仕組みが違います。酸で固めるのではなく、酵素で固めている。
英語版のこの記述の出典は個人ブログ1件だけです。
fromagier(=「チーズの木」)という名前からの誤読ではないかと推測されます。


「フルベ人の発明」も不正確です
ワガシはフルベ(フラニ)の人々が作るチーズとして知られています。
しかし2024年のレビュー論文によれば、起源はソンガイ人の gassi で、フルベがこれを採用したのは17世紀です。
名前そのものがソンガイ語で、waa(乳)+ gashi(震える)から来ています。



第 二 章
乳 が 震 え る
ソンガイ語の名前が残っている理由
03固まるまで十数分
作り方の骨格は単純です。
搾りたての牛乳を火にかけ、カロトロピスの葉や茎から出る白い樹液を加える。
樹液のプロテアーゼが乳タンパクを切って、凝固が始まります。
十数分で固まり、それを布で漉して型に入れる。
熟成させないので、その日のうちに食べるのが基本です。
日持ちしないため、赤いソルガムで色をつけて保存性を高める方法も使われます。


ワガシの凝固に働いているのは酸ではなく、カロトロピス由来のプロテアーゼである。ワガシに関する学術文献(2001年・2020年・2024年)の一致した記述より(要旨)
04種類を並べてみる
名前と担い手の対応を整理します。



05失敗する五つの場所
一、樹液を入れる温度が高すぎる。酵素が失活して固まりません。
二、樹液の量が足りない。凝固が始まらないまま冷めます。
三、固まったあとにかき混ぜる。組織が壊れて水っぽくなります。
四、漉すのが遅い。ホエーを抱え込んだまま固まり、日持ちがさらに落ちます。
五、翌日まで置く。熟成させる設計になっていないので、単に傷みます。
※これらの工程の温度・時間の具体的な数値は、本調査では確認できませんでした。以上は仕組みからの推定です。


06いくらで食べられるか
ワガシは、今回調べた6品のなかで唯一、原料価格すら取れなかった品目です。
WFPの価格データベースに牛乳もチーズも品目として存在しませんでした。
したがって以下は、収率という一点だけが確かな数字です。
07どこで食べるか
ワガシの主要な産地であるパラクーは、日本国外務省の危険情報レベル1です。
今回の6品のなかで、唯一「行って食べられる可能性がある」料理ということになります。
ベナン北部の一部はレベル2〜3で、外務省は「テロが南下する可能性」を明記しているので、そこは避ける必要があります。
パラクーの市場では、揚げたワガシが串や皿で売られています。
日本での再現は難しい。カロトロピス・プロケラが手に入らないためです。
酢やレモンで固めたものは別のチーズになります。ワガシではありません。

08豆知識
ワガシという音は、日本語話者には「和菓子」に聞こえます。
しかし語源はソンガイ語の waa(乳)+ gashi(震える)で、日本語とは何の関係もありません。
鍋のなかで牛乳が固まりはじめるとき、表面が小刻みに揺れる。
その様子をそのまま名前にした、という説明です。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Waagashi.jpg / Noahalorwu / CC BY-SA 4.0
- 02/Algodon de seda (Calotropis procera).jpg / Wilfredo Rodríguez / CC0
- 03/Calotropis procera (10.3897-zookeys.702.13368) Figure 2.jpg / El Harym Y, Belqat B (2017) First checklist of the fruit flies of Morocco, including new records (Diptera, Tephritidae). ZooKeys 702: 137-171. https://doi.org/10.3897/zookeys.702.13368 / CC BY 4.0
- 04/Calotropis procera 254429285.jpg / Dinesh Valke / CC BY-SA 4.0
- 05/Calotropis procera kz02.jpg / Krzysztof Ziarnek, Kenraiz / CC BY-SA 4.0
- 06/Fulani women selling cow milk in the market (1).jpg / Aliatou / CC BY-SA 4.0
- 07/Young Fulani girls.jpg / Ameenumar / CC BY-SA 4.0
- 08/Fulani Nunu seller.jpg / Achodanick / CC BY-SA 4.0
- 09/Fulani Woman selling Nunu.jpg / Achodanick / CC BY-SA 4.0
- 10/Fulani women marketing their fresh milk Called Kindirimu in Hausa language to travelers at a borderland between Jigawa and Kano (Nigeria.jpg / My Study Break Collectors Corner / CC BY-SA 4.0
- 11/Fulani women selling cow milk in the market (8).jpg / Aliatou / CC BY-SA 4.0
- 12/Fulani women selling cow milk in the market (2).jpg / Aliatou / CC BY-SA 4.0
- 13/Fulani women selling cow milk in the market (3).jpg / Aliatou / CC BY-SA 4.0
- 14/Marché Dantokpa (vue arrière).jpg / jbdodane / CC BY 2.0
- 15/Vue panoramique marché Dantokpa au Bénin1.jpg / Adoscam / CC BY-SA 4.0

