とんぶり

世界の料理図鑑 日本

とんぶり

ホウキギの実 とんぶり Tonburi

魚卵ではない。箒を作る草の実である。作っているのは秋田県大館市の、たった五戸。

「畑のキャビア」と呼ばれる。プチプチした食感が魚卵によく似ているからだ。

だが正体は魚卵ではない。ホウキギ——箒を作るあの草——の実である。直径1、2ミリの粒を茹で、水にさらし、外皮を揉んで剥く。そこまでやってようやく食べられる。

産地は秋田県大館市の比内地域。ほぼ全量がここで作られている。ピーク時に138戸あった生産者は、いま五戸だ。

国・地域
日本。秋田県大館市比内地域(沢村・日詰集落、炭谷川流域)
分類
加工食品・特産品。ホウキギの成熟果実を加熱加工したもの
相場
瓶詰170g×3個で2,200円、真空70g×10パックで2,250円
主な材料
ホウキギ(Bassia scoparia)の成熟果実
辛さ
辛くない。ほぼ無味
食べる場所
大館市内の直売所・道の駅、JAあきた北の通販、大手通販サイト
ベスト時間
新物は10月。加工品として通年流通
一人前の目安
大さじ一杯ほど。他の食材の上にのせる
食べ方
山芋や納豆など粘りのあるものと。豆腐やご飯にのせて
近い料理
キャビア、いくら、数の子、とびこ

01一口目に来るもの

小皿に、深緑の細かい粒が盛られている。ぱっと見はキャビアだ。粒の大きさも似ている。

口に入れると、まずプチプチと弾ける。ここは期待どおりだ。ところが、味がほとんど来ない。「味は無味無臭だが、プチプチとした歯触りを楽しむ食材」と、辞書のような説明が並ぶ。

JAあきた北の紹介はもう少し具体的で、「淡い緑色、味も淡白で、プリプリした歯ざわりの良さ」。要するに、食感だけの食べ物である。

だからとんぶりは、単独では出てこない。山芋のとろろに混ぜ、納豆に混ぜ、豆腐にのせ、酢の物に和える。粘りや旨みのある食材の上に置いたときに、初めて役割を持つ。魚卵の代わりに使える、味を邪魔しない食感——それがこの粒の価値だ。

とんぶり
キャビア。「畑のキャビア」の名はここから来ている(写真はキャビア)
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マスの卵をのせたバターブレッド(写真はマスの卵)
とんぶり

第 二 章

大館、比内、炭谷川

大館市の市街地(秋田県)

02箒の草の実である

ホウキギ。ヒユ科の一年草で、学名はBassia scoparia。以前はKochia scopariaと呼ばれていた。

和名が示すとおり、この草は箒の材料だった。夏から秋に固くなった茎を根元から刈り、乾かして束ねると箒になる。箒用に日本各地で栽培されていたが、次第に廃れた。

いま多くの人がこの植物を知っているのは、園芸の「コキア」としてだろう。秋に真っ赤に紅葉する、あの丸い株である。ひたち海浜公園の丘を埋めるコキアと、大館の畑のホウキギは、同じ植物だ。

平安時代に薬用植物として中国から渡来したとされる。乾燥した果実は生薬「地膚子(じふし)」で、膀胱炎や皮膚のかゆみ、疥癬、湿疹などに用いられてきた。食用の歴史は、大館周辺で江戸時代から。江戸期の文献に栽培の記録がある。

とんぶり
夏のホウキギ。細い葉が密に茂る
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ひたち海浜公園のコキア。園芸ではこの名で親しまれている(写真は茨城県)
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赤く紅葉したコキアとコスモス(写真は茨城県)

03茹でて、揉んで、皮を剥く

収穫は九月から十月上旬。成熟した果実を刈り取る。

そこから加工が始まる。まず天日または乾燥機で一週間ほど乾かす。次に釜で十分に煮る。煮たものを二十四時間、湯温でふやかす。それから実を揉んで外皮を除去し、水洗いを二、三回。最後に脱水する。雑菌を防ぐためのクエン酸処理も行われる。

つまり、生では食べられない。外皮を剥く工程が必須で、そこに手間の大半がかかる。加熱調理にも向かないので、食べる直前に和えるのがいい。

炭谷川の豊富な湧き水がなければ、この洗いの工程は成り立たない。山に囲まれて風が少なく、株が倒れにくい地形も産地の条件になっている。比内でしか作られてこなかったのには、理由がある。

とんぶり
ホウキギの茎と葉、花穂。この花のあとに実がつく
とんぶり
ホウキギの花のクローズアップ

04五戸になった

生産量の推移を並べると、この特産品が置かれている状況がはっきりする。

1988年、418トン・138戸。2018年、54トン・7戸。2023年度、20トン余り・5戸。三十五年で生産量は二十分の一、生産者は二十八分の一になった。

守るための動きは進んでいる。2017年5月26日、「大館とんぶり」が地理的表示保護制度(GI)の第32号に登録された。2026年3月28日には、その製造技術が国の登録無形民俗文化財になっている。

それでも五戸である。加工に手間がかかり、産地が限られ、単価が高くない。この三つが重なると、こうなる。

年生産量生産者
1988年418トン138戸
2018年54トン7戸
2023年度20トン余り5戸
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秋になり色づいたホウキギ。この株に、とんぶりになる実がびっしり付く
とんぶり
枯れて茶色くなったホウキギ

05何にのせるか

定番は粘りのあるものだ。山芋のとろろ、納豆、なめこ。粘りがとんぶりを抱き込んで、口の中でプチプチが際立つ。

豆腐にのせる、白いご飯にのせる、酢の物や酢味噌和えにする、マヨネーズで和える、きゅうりやツナと混ぜる。カルパッチョやちらし寿司のトッピングにも使える。パスタに散らす人もいる。

要するに、キャビアやとびこの代わりに使えるところなら、だいたい入る。味がないので、何と合わせても邪魔をしない。

とんぶり
納豆と卵かけご飯。とんぶりは納豆や山芋と合わせるのが定番だ(写真は納豆)
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冷奴。豆腐にのせても合う(写真は冷奴)
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とんぶりを使った料理(ニューヨークのレストランの一皿)

06いくらで買えるか

JAあきた北の通販「おらほの逸品館」で、大館とんぶりの瓶詰170グラム×3個が2,200円(税込)。真空パック70グラム×10パックが2,250円。

大手通販サイトでも扱われている。大館市内の直売所や道の駅なら、新物が出る十月に行くのがいい。

収穫は十月から十一月。新物は十月に出る。加工品なので通年で買えるが、量そのものが少ない。

とんぶりの相場(2026年8月時点の目安)価格
大館とんぶり 瓶詰170g×3個(JAあきた北)2,200円(税込)
同 真空70g×10パック2,250円(税込)
直売所・道の駅の新物10月ごろ店頭で
(参考)キャビアこの数十倍
とんぶり
由利本荘市から見た風景(秋田県)
とんぶり
二ツ井町の眺め(秋田県)

07名前の話

「とんぶり」という言葉の響きは、日本語としてどこか座りが悪い。

由来には諸説あるが、有力なのは「唐(とう)から伝来したぶりこ」→「とうぶりこ」→「とんぶり」という説である。「ぶりこ」は秋田の県魚ハタハタの卵のこと。プチプチした粒という共通点で名付けられた、という筋書きだ。

つまり秋田では、魚卵に見立てた名前が付き、後になって「畑のキャビア」という別の魚卵の比喩が上書きされた。二重に魚卵に例えられている植物である。

商品化は意外に新しい。1973年に大館市に加工場ができ、真空パックで全国に流通するようになった。それ以前は、比内の家で作って比内で食べるものだった。

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コキアの丘(写真は茨城県)
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冬の田沢湖(秋田県)

08豆知識

秋に真っ赤になる園芸植物「コキア」と同じ植物である。あの丸い株に付く実が、とんぶりになる。

乾燥果実は生薬「地膚子」。膀胱炎、皮膚のかゆみ、疥癬、湿疹などに用いられてきた。

栄養は可食部100グラムあたり89キロカロリー、たんぱく質6.1グラム、食物繊維7.1グラム、βカロテン800マイクログラム。サポニンを多く含む。

名前の由来はハタハタの卵「ぶりこ」。秋田の県魚の名残が、畑の作物の名前に残っている。

生産者は五戸。GI登録と登録無形民俗文化財という二つの制度で守られている段階にある。

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雪の街路(写真は秋田県能代市)
とんぶり
雪の公園(写真は秋田県能代市)
ご注意:価格・在庫は2026年8月時点の目安です。生産量が少なく、時期によっては品切れになります。ホウキギの実は生では食べられません。市販の加工品をお求めください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

写真の出典

本文中の写真はすべてWikimedia Commonsより。各画像のライセンスは以下のとおりです。

0 Kochia scoparia (5129971536).jpg/Matt Lavin from Bozeman, Montana, USA/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons

1 Kochia Hitachi Seaside Park.jpg/dacheket/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

2 Cosmos and Kochia at Hitachinaka Seaside Park (52480242260).jpg/Big Ben in Japan from Kawasaki, Japan/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons

3 Cosmos and Kochia at Hitachinaka Seaside Park (52479279092).jpg/Big Ben in Japan from Kawasaki, Japan/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons

4 Kochia scoparia 01.JPG/WildBoar/Public domain/Wikimedia Commons

5 Bassia scoparia sl16.jpg/Stefan.lefnaer/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

6 Bassia scoparia 15-p.bot-koch.scop-06.jpg/Ayotte, Gilles, 1948-/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

7 Bassia scoparia 15-p.bot-koch.scop-10.jpg/Ayotte, Gilles, 1948-/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

8 Momofuku ko lobster, sweet potato, tonburi, sauce (16174020586).jpg/Krista/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

9 Caviar 001.jpg/Arnaud 25/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

10 Caviar butterbrot.jpg/user:Pianist/CC BY 3.0/Wikimedia Commons

11 Natto TamagokakeGohan 16.jpg/ノボホショコロトソ/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

12 Hiyayakko with bonito flakes and welsh onion.jpg/Dllu/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

13 Odate city area 202005.jpg/Wc018/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

14 Snowy street in Noshiro City 20210121b.jpg/掬茶/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

15 Snowy Noshiro Park 20210121d.jpg/掬茶/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

16 Landscape from Sanboen, Yurihonjo City.jpg/掬茶/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

17 Landscape of Futatsui-machi seen from Kimimachi-zaka.jpg/掬茶/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

18 Lake Tazawa in winter.JPG/Brian Dell/CC0/Wikimedia Commons

参考にした資料

Wikipedia「とんぶり」「ホウキギ」

大館市「比内とんぶり」

農林水産省 地理的表示(GI)第32号 大館とんぶり

JAあきた北「とんぶり」

JAタウン おらほの逸品館

マイナビ農業「とんぶり」

デリッシュキッチン/andtrip 記事

※とんぶり(加工後の製品)の自由利用可能な写真がほとんど存在しないため、原料であるホウキギの写真、産地の風景、比較対象のキャビアや納豆・豆腐の写真で構成し、キャプションにその旨を明記しています。ひたち海浜公園のコキアは茨城県で撮影されたもので、産地の写真ではありません。