世界の料理図鑑 ロシア
メドヴィーク
медовик メドヴィーク Medovik (Honey Cake)
焼いた直後は硬い。一晩置いてクリームを吸わせて、はじめて完成する層。
ロシアのカフェでケーキを頼むと、たいてい二択になります。ナポレオンか、メドヴィークか。
ナポレオンはパイ生地を重ねたもので、ぱりぱりを売りにする。メドヴィークはその正反対で、しっとりを売りにする。
面白いのは、メドヴィークの生地は焼いた直後は硬いということです。それを一晩かけてクリームに吸わせる。待つことが工程に組み込まれているケーキです。
- 国・地域
- ロシア全土。旧ソ連圏に広く分布
- 分類
- 菓子(層状ケーキ)
- 相場
- 一切れ180〜400ルーブル(約340〜760円)
- 主な材料
- 蜂蜜、小麦粉、卵、バター、重曹、サワークリーム、粉砂糖
- 甘さ
- 甘いが、サワークリームの酸味で後味は軽い
- 食べる場所
- カフェ、ケーキ専門店、スーパーの菓子棚
- ベスト時間
- 午後。紅茶と一緒に
- 層の数
- 薄い生地を5枚前後重ねるのが一般的
- 支払い
- 現金かロシア国内発行カード
- 所要
- 作るのに一晩。買うなら待ち時間なし
01一口目に来るもの
フォークを入れると、すっと沈みます。層があるのに抵抗がない。ここで「しっとり」の意味が分かる。
口に入れると、まず蜂蜜の香ばしさ。生の蜂蜜の甘い匂いではなく、加熱されてキャラメル寄りになった香りです。
その直後にサワークリームの酸味が来る。これがなければ甘ったるいだけになる。ロシアの菓子は、だいたいこの酸味で救われています。
食感はほろほろと崩れる。層はもう分離していません。生地とクリームが一体になっている。焼いた直後の硬さは跡形もない。

02一晩待つのが工程
作り方はこうです。蜂蜜と砂糖とバターを溶かし、重曹を入れて泡立たせる。ここに卵と小麦粉を加えて生地にする。
これを紙のように薄くのばして、180℃で5〜6分ずつ焼く。5枚前後焼く店が多い。この時点では、生地はクッキーのように硬い。
クリームはサワークリーム+バター+粉砂糖の3つだけ。濃くしたいときはサワークリームをガーゼで濾して水分を抜きます。
各層にクリームを塗って重ね、冷蔵庫で数時間から一晩。生地がクリームを吸って柔らかくなる。この待ち時間がメドヴィークの正体です。


皇后の伝説は、たぶん伝説
よく語られる逸話があります。1820年代、アレクサンドル1世の皇后エリザヴェータ・アレクセーエヴナは蜂蜜が大嫌いだった。それを知らない新任の宮廷料理人が蜂蜜のケーキを出したところ、皇后が気に入って褒美を与えた——という話。
よくできた話ですが、裏づけがありません。伝統的なロシアの料理書にメドヴィークの記載が見当たらず、「200年の歴史」を示す史料も確認されていない。伝説として扱うのが正確です。
実際には、蜂蜜を使う焼き菓子自体は中欧から東欧に広く古くからあります。砂糖が高価だった時代、甘味といえば蜂蜜だった。
層に重ねる形式が定着したのは、おそらく19世紀後半から20世紀。オリヴィエと同じで、由来の物語のほうが料理より有名になっている例です。


第 一 章
紅茶と一緒に、午後に
列車の食堂車でコーヒーと一緒に出た蜂蜜の層ケーキ(ウィーン〜コシツェ間の列車で撮影)
03サモワールと蜂蜜の国で
メドヴィークには特定の年中行事との結びつきがありません。オリヴィエのような「この日に食べる」がない。日常のケーキです。
合わせるのは紅茶。ロシアの茶は濃く淹れて湯で割る方式で、サモワールはそのための道具でした。上の小さなポットに濃い茶葉液を作り、下の湯で好みの濃さに割る。
蜂蜜そのものも、ロシアでは身近な産品です。市場や路肩の直売所で、瓶に詰めた蜂蜜が種類ごとに並んでいる。菩提樹、蕎麦、向日葵——花によって色も味も違う。
つまりメドヴィークはその土地にあるもので作った菓子です。蜂蜜と、サワークリームと、小麦粉。


04どこで食べられるか
カフェで一切れ180ルーブル前後から。ミーチノ地区には「Медовик」という名前のケーキ店そのものがあります。
ホールで買うと一気に上がって4,000ルーブル〜。オーダーメイドのケーキ店では1kgあたり2,500ルーブル〜という価格帯です。
スーパーの菓子棚にもカット済みのものが並びます。いちばん安いのはここ。ホテルの部屋で食べるなら十分です。
味の当たり外れはクリームの水分量で決まります。ゆるいとべちゃっとするし、硬すぎると層が分離したままになる。切り口を見て、層がぼやけて一体化しているものが当たりです。

焼いた直後は硬い。一晩置いて、はじめてメドヴィークになる。モスクワのケーキ店にて
05似ている料理
ハンガリーやポーランドにも蜂蜜の層ケーキがあります。中欧から東欧にかけての共通の系統です。
日本のバウムクーヘンは層を重ねるという点だけ同じですが、焼き方も食感も別物。あちらは焼きながら層を作る。
クレープケーキ(ミルクレープ)のほうが構造は近い。薄い層とクリームを交互に重ねて、なじませてから切る。
甘さをサワークリームの酸味で切るという発想は、チーズケーキに近い。ロシアの菓子は総じて、乳の酸味で甘さを抑えます。
06豆知識
・名前は「мёд(ミョード/蜂蜜)」から。そのままです。
・皇后エリザヴェータの逸話は史実の裏づけがありません。伝説として広まったものです。
・生地に重曹を入れて泡立たせるのがコツ。蜂蜜の酸と反応して膨らみます。
・クリームの材料は3つだけ。バター、粉砂糖、サワークリーム。
・ロシアでは「ナポレオン派かメドヴィーク派か」という話題が成立します。日本のきのこ・たけのこ論争のような位置づけ。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Медовик.jpg / https://www.flickr.com/people/theedinburghblog/ / CC BY 2.0
- 02/Gâteau feuilleté russe au miel.jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 4.0
- 03/Six-layered Russian honeycake (Медовик).jpg / NDElsga / CC BY-SA 4.0
- 04/Pastel ruso de miel.JPG / Wotancito / CC BY-SA 4.0
- 05/IC 510 Košice – Wien (43381543765).jpg / Dining Car from Wien / CC BY-SA 2.0
- 06/IC 513 Wien – Košice (43381615555).jpg / Dining Car from Wien / CC BY-SA 2.0
- 07/Rotation of P3160219.JPG / Кузнецов / Public domain
- 08/Kommandørgård – Samovar.jpg / Wolfgang Sauber / CC BY-SA 3.0
- 09/Alameda Cristina Jerez de la Frontera.JPG / Jerezplataforma / CC BY 3.0
価格は2026年8月時点のモスクワの相場の目安です。







