
ブリヌイ
блины · Blini
縁はぱりっ、中はもっちり
クレープに似ている。でも別物だ。縁が薄くぱりっと、中央がもっちりしていて、生地に発酵の酸味があることが多い。
最大の違いは、甘いほうにも塩気のほうにも振れること。フランスは甘いクレープと塩気のガレットで生地から分けるが、ロシアは同じ生地に何でも載せる。
イクラを載せれば前菜、ジャムを塗ればおやつ。一日じゅうどこかで食べている、ロシアでいちばん出番の多い料理だ。
30秒でわかる、この料理
- なにか
- 牛乳と卵の生地を薄く丸く焼いた一枚。イーストで発酵させるのが本来の形
- 一口目
- 溶かしバターの香りのあと、ぱりっと軽い縁と、もっちりした真ん中
- 載せ方
- 塩気の具でも甘いものでも、生地は同じ。変わるのは上に載せるものだけ
- 祭り
- 四旬節の前の1週間、マースレニツァに家庭でも屋台でも焼き続ける
- 値段
- チェーンのテレモークなら150ルーブル(約285円)から。支払いは現金
図鑑データ
- 国・地域
- ロシア全土。ウクライナ、ベラルーシにも同系
- 分類
- 粉もの(薄焼き)
- 相場
- 150〜770ルーブル(約285〜1,460円)。キャビアを載せると跳ね上がる
- 主な材料
- 小麦粉、牛乳、卵、砂糖、塩、油。そば粉を混ぜることもある
- 辛さ
- 辛くない
- 食べる場所
- テレモークなどのチェーン、カフェ、市場、家庭
- ベスト時間
- 朝食にも、おやつにも、酒の前にも
- 一人前
- 2〜3枚。具入りなら1枚でも足りる
- 合わせるもの
- スメタナ、溶かしバター、ジャム、はちみつ、コンデンスミルク、イクラ、サーモン
- 所要
- 焼くのは1枚1分。生地の発酵に1時間
一枚を見る

折りたたんだブリンにイクラを載せ、レモンとパセリを添えた一皿
一口目
香り
溶かしバターと、焼けた小麦
最初に来るのは、溶かしバターと焼けた小麦の匂い。イースト生地なら、そこにほのかな発酵の香りが混じる。
食感
縁はぱりっ、中央はもっちり
手で持ち上げると、意外にしなやか。破れそうで破れない。この薄さと強さの両立が、生地の出来を教えてくれる。噛むと、同じ一枚のなかに二つの食感がある。高温で一気に火が入る縁と、しっとり残る中央の差だ。
載せたもの
生地は、ほとんど主張しない
そこに載せたものの味が来る。イクラなら塩気が弾け、ジャムなら甘酸っぱさが広がる。だから何を載せても成立する。


どう焼く
材料は全部、室温に戻しておく。冷えていると、生地が均一に広がらない。
配合の目安は牛乳500ml、卵2個、小麦粉150〜200g、砂糖大さじ1〜3、油大さじ2、塩少々。サワークリームくらいの濃度にする。
そば粉を混ぜると香ばしいナッツのような風味が出る。ただし生地が脆くなるので、小麦粉と混ぜるか、小さく焼くイースト入りなら1時間ほど置く。軽い酸味と気泡が入る。これが本来の形だ。
イーストなしはスコールィエ・ブリヌイ(急ぎのブリヌイ)。こちらはクレープに近い
4厚手のフライパンを、表面温度180〜205度に熱する。生地を薄く流し、1枚を1分ほどで焼く。
店の腕は、薄さの均一さと焼き色のムラのなさに出る
5破らずに一気に返せるかどうか。プロは手首だけで返す。焼いたそばから皿に重ねていく。
気泡の跡が、そのまま模様になるなぜ、ロシアで食べられているか
スラブの祭祀食
起源はここにさかのぼるとされる。太陽神ヤリーロに捧げたという説が広く語られる。
マースレニツァの主役に
すでに祭りの主役料理として定着していたとされる。ロシアでいちばん古い部類の料理だ。
ことわざが知られる
「最初のブリヌイはダマになる」という言い回しは、この頃すでに知られていた。
宮廷風の食べ方
貴族社会で、キャビアやカスピ海のニシンを添える食べ方が発達した。いま高級店で出てくる形はこの流れ。
テレモークの1号店
モスクワの地下鉄駅前にチェーンの1号店が開く。ロシア版ファストフードとしての顔が生まれた。
丸くて黄色い形は、春の太陽を思わせる。だからブリヌイは太陽の象徴だ、と広く語られる。
ただし現代の民俗学では、本来は葬送・供養の料理だったという見方が有力視されている。太陽の象徴という解釈は19世紀の民俗学ブームで広まり、ソ連期に定着したという指摘がある(諸説あり)。
紙に包まれた熱いブリヌイを持って、外に出る。手袋をした手でそのまま持てる。これが、氷点下の街でこの料理が生き延びてきた理由のひとつだ。食べ終わるころには、指先まで温まっている。


起源、太陽の象徴という解釈、ことわざの語源には諸説ある。年代はいずれも代表的な説。
バター週間と、最初の一枚
マースレニツァ
四旬節(大斎)の前の1週間を、マースレニツァ(Масленица)=バター週間と呼ぶ。肉を断つ期間に入る前の、最後に食べておく週だ。この1週間、ブリヌイを焼いては隣人や親戚に配り、訪ね合って食べる。日本の正月に近い、年に一度の集中的な行事だ。
藁人形を燃やす
週の最後の日には、藁で作った人形を燃やす。冬を送り出す儀式で、これが祭りのクライマックスになる。
最初の一枚はダマになる
「Первый блин комом(ペールヴィ・ブリン・コーモム)」。意味は「何ごとも最初はうまくいかない」。日本語の「初めは誰でも失敗する」にあたり、日常会話で普通に使う。
ダマか、精霊か
実務的な理由は単純で、最初の一枚ではフライパンの温度が定まっていないから。一方で「ком」は古語で森の精霊や熊を指したという説もある。最初に焼いた一枚を森の精霊や祖先の霊に捧げる風習と結びつける見方だ(諸説あり)。
短い話
- 1人気の組み合わせロシア人へのアンケートでは、スメタナ58%、コンデンスミルク49%、ジャム37%、カッテージチーズ37%、はちみつ32%。
- 2世代で違う65歳以上はバター派、45〜64歳はイクラ派が多いという結果もある。
- 3直径15mの一枚1994年、イギリスで直径15m・重さ3トンという巨大なブリヌイが焼かれた記録がある。娯楽メディア発の記録だ。




ブリヌイの種類
厚さ、生地、具の有無で名前が変わる。日本のクレープとパンケーキの違いに近い区別だ。
| 名前 | 特徴 | 食べ方 |
|---|---|---|
| ブリヌイ | 薄い円形。イーストの有無で酸味が変わる | 何かを載せるか、巻く |
| ブリンチキ | 具を包んで折りたたむ | 肉、カッテージチーズ、魚など |
| そば粉のブリヌイ | 灰色がかり、香ばしく脆い | キャビアと合わせるのが定番 |
| オラーディ | 直径5〜8cmで厚い。ケフィアで膨らませるパンケーキに近い | ジャムやスメタナ |
| ムルィンツィ(ウクライナ) | 酸味が弱い傾向 | 具なしの薄生地と、具入りを区別する |


似ている料理と比べる
厚さと発酵の強さで並べると、ブリヌイはちょうど真ん中にいる。
ブリヌイ
блины
甘いものも塩気のものも、ひとつの生地で引き受ける。発酵の軽い酸味があることが多い。
クレープ
crêpe
より薄く、無発酵が主流。甘いクレープと、塩気のそば粉のガレットとで、生地そのものを分ける。
パンケーキ
pancake
3つのなかで最も厚く、ふわふわ。甘いことが前提。
インジェラ
እንጀራ
数日かけて自然発酵させる大判の生地。酸味はブリヌイよりずっと強い。
どら焼きの皮・クレープ
比べると、ブリヌイは甘さが生地の側にほとんど無い。
厚さはクレープ<ブリヌイ<パンケーキの順。発酵と酸味はクレープ<ブリヌイ<インジェラの順で強くなる。
食べに行く前に
注文のことば
いちばん手軽なのはテレモーク(Теремок)。1999年にモスクワの地下鉄駅前の1号店から始まったチェーンで、いまは全国にある。冷凍の半製品を使わないことを掲げている。駅前、ショッピングセンター、空港と、とにかくどこにでもあるので、移動の合間の食事に向く。高級な形で食べたいならカフェ・プーシキン。そば粉のブリヌイにキャビアという、帝政期の貴族の食べ方を再現している。ダニロフスキー市場や、マースレニツァの時期の広場には屋台が出る。焼きたてをその場で食べられるのはこの機会だ。スーパーには冷凍のブリヌイも並ぶ。ロシアの家庭にとっては日常の常備品だ。
値段と覚え書き
| テレモーク(ハム&チーズ) | 192ルーブル約365円 |
| テレモーク(サーモン&チーズ) | 272ルーブル約517円 |
| テレモーク(イクラ) | 769ルーブル約1,461円 |
| テレモーク(ジャム) | 150ルーブル約285円 |
| テレモークの紅茶 | 100ルーブル約190円 |
| 2枚+紅茶の例(ハム&チーズ、ジャム) | 合計442ルーブル約840円 |
| 一般のカフェ(具入り1皿) | 300〜700ルーブル約570〜1,330円 |
| カフェ・プーシキン(そば粉+キャビア) | 客単価5,000ルーブル前後約9,500円 |
- 支払いは現金。日本発行のVISA・Mastercardはロシア国内では使えない。テレモークのようなチェーンでも同じ
- 生地そのものは安く、値段は載せるもので決まる。ハムとチーズなら200ルーブル弱、イクラを載せた瞬間に4倍。高級店のキャビアまで入れると、同じ名前の料理で20倍の幅がある
- 2枚頼んで、1枚を塩気、1枚を甘いものにするのが賢い。合計しても500ルーブル前後で収まる
- チェーン店はカウンターで先払い、チップは不要。写真付きのメニューがあるので、指させば済む
値段は2026年8月時点の目安。1ルーブル=約1.9円で換算。価格・営業時間は変動するので、現地で必ず確認を。
写真の出典(14枚)
写真は原典のライセンス(CC BY/CC BY-SA/CC0/パブリックドメイン)に従って掲載しています。作者名・ライセンス・原典リンクを1枚ずつ表示しています。旧版に載せていたドネツクの祭りの写真2枚はほぼ同じ構図だったため、1枚にまとめました。
- イクラを載せて折りたたんだブリン|shakko/CC BY-SA 3.0/2012年撮影(原典)
- イクラを載せたブリンに、レモンとパセリを添えた一皿|shakko/CC BY-SA 3.0/2012年撮影(原典)
- ロシアの切手「ロシア諸民族の料理」。中央にイクラを載せたブリヌイが描かれている|Почта России , ИТЦ «Марка» . Дизайнер – Бодрова М./Public domain/2025年撮影(原典)
- 小ぶりのブリニにサワークリームとシロマスの卵、赤玉ねぎ。スウェーデン風の食べ方|Jonas Nordström/CC BY 2.0/2021年撮影(原典)
- フライパンに流したブリンの生地。表面に気泡が立つ|Flamenco108/CC BY-SA 3.0/2012年撮影(原典)
- 皿に積んだ50枚のブリン|Maksim L./CC BY-SA 4.0/2019年撮影(原典)
- 太陽の顔の形に焼いたブリン。マースレニツァの祭りで作られた(米マサチューセッツ州で撮影)|EgorovaSvetlana/CC BY-SA 4.0/2011年撮影(原典)
- 氷で冷やしたベルーガキャビアとブリニ、サワークリーム(ロンドンのレストランで撮影)|Tzahy Lerner/CC BY-SA 3.0/2005年撮影(原典)
- 祭りの卓上に積んだブリヌイと輪形のパン(ウクライナ・ドネツクで撮影)|Andrey Butko/CC BY-SA 3.0/2013年撮影(原典)
- スカーフ姿の少女が、積んだブリヌイの皿を差し出す。マースレニツァを表した写真|Redhatstudiophotography/CC BY-SA 4.0/2025年撮影(原典)
- マースレニツァの広場に立てられた、布と藁で作った大きな人形|Nord2024/CC0/2024年撮影(原典)
- 藁人形を燃やす祭りの火(ロシア・ディヴノゴーリエの春分とマースレニツァの祭りで撮影)|Lia Jarysh/CC BY-SA 4.0/2021年撮影(原典)
- 具を包んで巻いたブリン(原典ではベラルーシ料理として紹介)|Tess Mattew/CC BY-SA 4.0/2021年撮影(原典)
- 皿に高く積んだ80枚のブリン|Maksim L./CC BY-SA 4.0/2019年撮影(原典)


