インジェラの大皿に8種の煮込みと巻いたインジェラ(イスラエル・レホヴォトのエチオピア料理店で撮影)
エチオピア / 全土

インジェラ

እንጀራ · Injera

皿でもあり、スプーンでもあり、主食でもある

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灰色の一枚が、食卓を引き受ける。

大皿が運ばれてくる。灰色がかった布のようなものが一枚敷かれ、その上に色とりどりの煮込みが小山になって載っている。この一枚がインジェラだ。

テフというエチオピア原産の極小の穀物を、発酵させて焼いたもの。皿の上に敷かれ、すべての料理を受け止める。ちぎって煮込みをつまめば、スプーンの役もする。

そして、ひと口目に来るのは辛さではない。酸味だ。

1枚10〜12ブル(約10〜12円/2021年の参考値)2〜3人で1枚右手だけで食べる

30秒でわかる、この料理

なにか
テフの粉を発酵させて焼いた、酸っぱいスポンジ状の平パン。皿と主食を兼ねる
一口目
ヨーグルトのような乳酸発酵の酸味。辛い煮込みと合わせて完成する
作法
ちぎるのも口に運ぶのも右手。大皿はみんなで分け合う
断食日
肉・乳製品・卵が消え、菜食の大皿ベヤイネトゥに切り替わる
値段
ローカル食堂の大皿なら200〜400ブル(約200〜400円)

図鑑データ

国・地域
エチオピア、エリトリア
分類
発酵させた平パン(主食)
相場
1枚10〜12ブル(約10〜12円/2021年の参考値)。大皿200〜800ブル
主な材料
テフ粉、水、エルショ(発酵液のスターター)。混合粉を使う日常版もある
辛さ
辛くない。酸っぱい
食べる場所
エチオピア全土。食堂、家庭、メルカート
ベスト時間
一日中。断食日は精進の大皿になる
一人前の目安
2〜3人で1枚を共有するのが普通
食べ方
右手だけを使う。ちぎって、ワットをつまむ
近い料理
エリトリアのタイタ、南インドのドーサ(発酵という点で)
1

大皿を見る

断食日の大皿。インジェラの上に肉を使わない料理だけを盛る
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焼き上がったインジェラの表面の穴のアップ。穴の開き方で発酵の出来が分かる表面の「目(アイン)」

断食日の大皿。インジェラを一面に敷き、肉を使わない料理だけを小山に盛る

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巻いたインジェラinjera大皿に添えて出る。これをちぎって、敷いた上の料理をつまむ
2
敷いたインジェラinjera皿の上に一枚を広げ、料理を全部載せる。表面の無数の穴が、ワットの汁を吸う
3
ゴメンgomen青菜。断食日の大皿に並ぶ定番のひとつ
4
じゃがいもにんじんと並ぶ。これも肉を使わない小山のひとつ
2

一口目

味

まず酸っぱい。パンよりヨーグルトに近い

ちぎって口に入れると、まず酸味が来る。乳酸発酵による酸で、日本人にとってはここが最初の壁になる。「思っていたのと違う」と感じる人が多い。辛さはない。

合わせる

辛いワットと一緒に、意味が変わる

その酸味は、単体で味わうものではない。辛いワットと一緒に食べた瞬間、辛さを酸味が受け止めて、口の中でちょうどよくなる。

食感

スポンジ。噛むと、もちっと返る

現地では表面の穴を「目(アイン)」と呼ぶ。この穴が汁を吸い、噛むと弾力が返ってくる。裏側はつるりと滑らかで、こちらが焼き面に触れていた側。発酵が長いほど酸味が強くなり、コムタタと呼ばれるほど酸っぱいものもある。

インジェラの上に載せたドロワット(鶏肉とゆで卵)
インジェラの上にドロワット(鶏肉とゆで卵)を載せた形。これが基本(2020年撮影)
白テフ(ネチ)から作ったインジェラを、編みかごの上に重ねる
白テフ(ネチ)から作ったインジェラ。祝いの席や来客用に使われる(2019年撮影)
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三日かけて焼く

1エルショを加える

テフ粉と水に、エルショを加える。前回の生地から取っておいた発酵液で、日本のぬか床の種のようなものだ。

粉と水を混ぜてから皿になるまで、三日がかり
2一次発酵を待つ

一次発酵は24〜72時間。標高と気温で変わる。エチオピアは高地なので、日本の常識より時間がかかる。

失敗はだいたい発酵で決まる。足りないと「目」が開かない
3アブシットを戻す

生地の1割ほどを煮て糊化させたアブシットを戻し、二次発酵を30分から2時間。この二段構えがインジェラの質感を作る。

発酵させすぎるとコムタタになる。酸味が強すぎ、栄養価も落ちるとされる
ミタドに生地を渦巻き状に流していく。中心から外へ、一気に4
ミタドに渦巻きに流す

焼くのはミタドという大きな素焼きの円板。90〜95度に温め、生地を外へ向かって渦巻き状に流す。

中心から外へ、一気に
土のかまどのミタドの上で焼けていくインジェラ。下から薪の火で熱する5
蓋をして、裏返さない

蓋をして2〜4分。裏返さず、片面だけで焼き上げる。

下からは薪の火で熱する
巻いたインジェラを編みかごに並べる6
巻いてメソブに重ねる

焼けたものは巻いて、メソブという円錐形の蓋つきの編みかごに重ねて保存する。常温で3日ほど持つ。

朝早くから火を入れ、何十枚も続けて焼く
テフ粉水エルショ(前回の発酵液)アブシット(煮て糊化させた生地)大麦・小麦(混合粉の日常版)
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なぜ、エチオピアで食べられているか

紀元前4千年紀

テフの栽培が始まる

インジェラの粉になるテフの栽培は、ここまで遡る。

西暦600年ごろ

ミタドの遺物

焼き板ミタドの考古遺物が見つかっている。確かな手がかりはここから。

伝承

「紀元前100年ごろから」

現地でよく語られる話。ただし民間伝承で、史料では確認できない。

いま

年間180日の断食

エチオピア正教の信徒は年間180日、聖職者は最大252日断食する。その間は肉・乳製品・卵を口にしない。

テフはエチオピア原産の、ケシ粒より小さい穀物だ。消費はほぼエチオピアとエリトリアに限られる。グルテンフリーで、栄養価が高い。エチオピアは自国民の食料を確保するため、長年テフの輸出を制限してきた。

品種は三つ。ネチ(白)、ケイ(赤)、セルゲニャ(混合)。白テフがいちばん高価で、100パーセント白テフのインジェラは富の象徴だ。日常の食堂で出るのは、大麦や小麦を混ぜた安価な混合粉のものが多い。色が濃いほど混ぜ物が多いと考えていい。

起源は、実はよく分かっていない。「粉に水分が残ったまま数日置いて、偶然発酵した」という推測が語られるが、これも学術的な確証はない。

伝統的に、インジェラを焼くのは家の女性の仕事だ。かまどの前が、そのまま仕事場になる。

ティグライ州ゲラルタの家の台所。土のかまどでインジェラを焼く女性
ティグライ州ゲラルタの台所。土のかまどにミタドを載せる(2017年撮影)
北エチオピア、アムハラの女性。かまどの前で作業する
北エチオピア、アムハラの女性。かまどの前が仕事場になる
かまどのミタドいっぱいに広がった生地と、そばに座る女性
かまどのミタドいっぱいに広がった生地(2015年撮影)
暗い台所で、水差しからミタドに生地を注ぎ入れる
暗い台所で、水差しからミタドに生地を注ぎ入れる(2014年撮影)

「紀元前100年ごろから」は現地でもよく語られるが俗説で、史料による裏づけはない。確認できるのは西暦600年ごろのミタドの遺物まで。発酵時間は標高と気温で変わる。

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種類を並べてみる

発酵時間と粉の配合で、まったく別のものになる。

名前特徴食べ方
標準のインジェラ中程度の発酵。薄く滑らか。最も一般的ワットを包んで手で
アフレグナ発酵12〜24時間。厚く、甘みがあり底が赤黒いそのまま、または軽い副菜と
コムタタ長時間発酵。強い酸味刻んでフルフルに再利用する
100パーセント白テフ高価。祝祭・来客用大皿の下敷きに
混合粉(テフ+大麦・小麦)安価。日常食日常のワット全般と
インジェラ・フルフル刻んで煮汁と和えるスプーンで。朝食に

酸っぱくなりすぎたインジェラも捨てない。刻んで煮汁と和え、フルフルにして食べきる。

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食卓の決まり

右手だけを使い、同じ皿から食べ、時には相手の口に自分の手で運ぶ。

  • 1
    グルシャ自分の手でちぎったひと口を、相手の口に直接入れる習慣。渡す側をアグラシュ、受ける側をゴラシュと呼ぶ。
  • 2
    3回が礼儀グルシャは3回が礼儀とされる。年長者や賓客が先。親愛の表現なので、断るのは失礼にあたる。
  • 3
    ひとつだけ注意既婚女性に他の男性がグルシャを渡すのは、重大な失礼になる。そこだけは気をつける。
  • 4
    右手だけ左手で食べる、左手で渡すのは避ける。食前には必ず手を洗う。
  • 5
    大皿は共有食卓そのものがメスォブという編みかご。通常は2〜3人で1枚のインジェラを分け合う。
アディスアベバの、色鮮やかな編みかごの食卓メスォブ
メスォブ。編みかごがそのまま食卓になる(アディスアベバ、2014年撮影)
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断食日のインジェラ

断食の期間、食堂ではインジェラの上に載るものがすべて精進に切り替わる。

これをベヤイネトゥと呼ぶ。1枚のインジェラに、6〜8種の菜食の小山を盛った大皿だ。

シロ(豆の粉の煮込み)、ミスィル(レンズ豆)、ゴメン(青菜)、サラダ、じゃがいも、インゲン。少しずつ取って、一緒に食べる。

エチオピアで菜食が当たり前なのは、健康志向ではない。宗教暦の産物だ。ヴィーガン対応は「特別対応」ではなく、最初から国民食として存在している。

インジェラの上のアイブ(自家製の白いチーズ)とゴメン(青菜)
アイブ(自家製の白いチーズ)とゴメン(青菜)。断食が明けるとアイブが戻る(2008年撮影)
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豆知識

  • 1
    菌の数がすごいインジェラの発酵には酵母68種、乳酸菌107種が同定されている。48時間で菌数は千倍に増える。日本の発酵食品に負けない複雑さだ。
  • 2
    赤ん坊を包むバハルダールの一部の正教徒の家庭には、洗礼のあと赤ん坊をインジェラで包む習慣がある。幸運を祈ってのことだ。
ソマリアのカンジェロ(インジェラに近い発酵パン)の表面。細かい穴が一面に開く
こちらはソマリアのカンジェロ。インジェラに近い発酵パンで、表面に細かい穴が一面に開く(2014年撮影)
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食べに行く前に

注文のことば

ベヤイネトゥ菜食の小山を盛った大皿(断食日の定番)
ドロワットインジェラに載せる基本の煮込み
シロ豆の粉の煮込み
フルフル刻んだインジェラを煮汁と和えたもの。朝食に
ネチ白テフ。100パーセント白テフのインジェラは高価

アディスアベバなら、ボレ地区のヨド・アビシニア(ボレ・ブラス病院裏)が民族舞踊の生演奏つき。2000ハベシャ(ボレ・アトラス)、カテグナも定番。買うならメルカートへ。インジェラと香辛料の最大の市場で、アフリカ有数の規模がある。ラリベラではベン・アベバ。スコットランド人のスーザンと地元のハブタムが始めた店で、螺旋状の建築そのものが名物。ゴンダールならザ・フォー・シスターズ・レストラン。

値段と覚え書き

インジェラ1枚(参考・2021年)10〜12ブル約10〜12円
ローカル食堂の大皿200〜400ブル約200〜400円
中級店の大皿500〜800ブル約500〜800円
中級店のベヤイネトゥ460ブル約460円
高級店のベヤイネトゥ858ブル約860円
  • 1エチオピア・ブルはおよそ1円。ブルの数字をそのまま円と読める
  • 価格は情報源による差が大きい。ローカル食堂の値段は、媒体によって2〜3倍の開きがある。表は幅として見る

値段は2026年8月時点の目安(インジェラ1枚のみ2021年の参考値)。1エチオピア・ブル=約1.0円で換算。宅配価格が含まれる場合もある。現地で必ず確認を。

写真の出典(15枚)

写真は原典のライセンス(CC BY/CC BY-SA/CC0)に従って掲載しています。作者名・ライセンス・原典リンクを1枚ずつ表示しています。旧版の写真15枚はすべて引き継ぎ、説明は写っているものと撮影地に合わせて書き直しました。

  • インジェラの大皿に8種の煮込みと巻いたインジェラ(イスラエル・レホヴォトのエチオピア料理店で撮影)|Artem.G/CC BY-SA 4.0/2023年撮影(原典)
  • 断食日の大皿。インジェラの上に肉を使わない料理だけを盛る|Jbinthecity/CC0/2023年撮影(原典)
  • 焼き上がったインジェラの表面の穴のアップ。穴の開き方で発酵の出来が分かる|Insta sm gram/CC BY-SA 4.0/2014年撮影(原典)
  • インジェラの上に載せたドロワット(鶏肉とゆで卵)|Edsel Little/CC BY-SA 2.0/2020年撮影(原典)
  • 白テフ(ネチ)から作ったインジェラを、編みかごの上に重ねる|Edsel Little/CC BY-SA 2.0/2019年撮影(原典)
  • ミタドに生地を渦巻き状に流していく。中心から外へ、一気に|Shaik fayaz shannu/CC BY-SA 4.0/2017年撮影(原典)
  • 土のかまどのミタドの上で焼けていくインジェラ。下から薪の火で熱する|PhoTom – ፎቶም Photography/CC BY-SA 4.0/2012年撮影(原典)
  • 巻いたインジェラを編みかごに並べる|Edsel Little/CC BY-SA 2.0/2009年撮影(原典)
  • ティグライ州ゲラルタの家の台所。土のかまどでインジェラを焼く女性|Charliefleurene/CC BY 4.0/2017年撮影(原典)
  • 北エチオピア、アムハラの女性。かまどの前で作業する|Dimbak7/CC BY-SA 4.0/2007年撮影(原典)
  • かまどのミタドいっぱいに広がった生地と、そばに座る女性|Giladho00/CC BY-SA 4.0/2015年撮影(原典)
  • 暗い台所で、水差しからミタドに生地を注ぎ入れる|Jean Rebiffé/CC BY-SA 4.0/2014年撮影(原典)
  • アディスアベバの、色鮮やかな編みかごの食卓メスォブ|Ji-Elle/CC BY-SA 3.0/2014年撮影(原典)
  • インジェラの上のアイブ(自家製の白いチーズ)とゴメン(青菜)|stu_spivack/CC BY-SA 2.0/2008年撮影(原典)
  • ソマリアのカンジェロ(インジェラに近い発酵パン)の表面。細かい穴が一面に開く|Lukasz Nowak/CC BY-SA 4.0/2014年撮影(原典)