世界の料理図鑑 エチオピア
シロ
ሽሮ シロ Shiro
エチオピアでいちばん安い料理は、いちばん多く食べられている料理でもある。
ひよこ豆やそら豆を焙煎して挽いた粉を、水と油で煮ただけの一皿。とろりと重く、なめらかで、粒は残りません。
ひと口目は豆のロースト香とニンニクの甘み。辛味は後から穏やかに来る。日本人にとっては、エチオピア料理のなかでいちばん抵抗なく入っていける味です。
この料理が存在する理由ははっきりしています。エチオピア正教の断食。信徒は年間180日、肉・乳製品・卵を断ちます。その期間の主要なたんぱく源として発達しました。
- 国・地域
- エチオピア北部〜エリトリア南部が発祥。現在は全国区
- 分類
- 豆の粉の煮込み
- 相場
- 80〜908ブル(約80〜900円)。5品のなかで最も安い
- 主な材料
- ひよこ豆または空豆を焙煎して挽いた粉、水、油、ニンニク、生姜、カルダモン、ベルベレ
- 辛さ
- キ・ミティン・シロは辛い。ネチ・シロは辛くない
- 食べる場所
- エチオピア全土。断食期間はどの食堂でも
- ベスト時間
- 断食日(毎週水曜・金曜)
- 一人前の目安
- テガビノなら小鍋ひとつ
- 食べ方
- インジェラで。テガビノは鍋から直接すくう
- 近い料理
- ヒルベット(そら豆のペースト)、ミスィル・ワット(レンズ豆)
01一口目に来るもの
テガビノで頼むと、小さな土鍋か鉄鍋のまま、ぐつぐつ音を立てて運ばれてきます。湯気と音、これが体験の半分です。
ひと口目は豆のロースト香とニンニクの甘み。辛味は後から、穏やかに来る。刺してくる辛さではありません。
食感はとろりと重く、なめらか。マッシュポテトのような濃さから、注げるほど緩いものまで、店と地域で幅があります。粒は残りません。
インジェラの酸味と合わさると、不思議と味噌汁に近い「毎日食べられる安心感」が出てきます。エチオピア料理で最初に好きになるのは、たいていこれです。
02粉から作る
主材料はひよこ豆または空豆(そら豆)を焙煎して挽いた粉。黄えんどうやレンズ豆を使うこともあります。
本格的な作り方は二段構えです。豆を焼く→挽く→生姜・カルダモン・ニンニク・ベルベレなどを混ぜる→もう一度焼いて挽く。この二度目があるかどうかで香りが変わります。
調理は粉と水の比率が命。目安は粉大さじ1に対して水120ミリリットルほど。水と油を沸かし、粉を少しずつ落としながら弱火で最大45分、混ぜながら煮ます。
現地ではトゥクトゥク・シロ——ぐつぐつ鳴る音——が、とろみが決まった合図だと言われます。
失敗の理由は三つ。粉を一度に入れてダマになる。煮足りず粉臭さが残る。水が多くて味がぼやける。焦げやすいので混ぜ続ける必要があります。
市場で「自分の配合」を挽いてもらう
シロ粉は市場で挽いてもらいます。配合は家ごとに違う。生姜を強くするか、ベルベレをどれだけ入れるか。
日本の味噌に近い立ち位置だと思ってください。「うちのシロ」がある。だから食堂を変えると味が変わるし、それが楽しみになります。
第 二 章
断 食 日 の 食 卓
年に180日、この鍋の列がすべて精進になる
03年に180日の断食が生んだ料理
エチオピア正教の信徒は年間180日断食します。聖職者は最大252日。
大斎(アビイ・ツォム)は復活祭前の55日。降誕祭前の断食は11月15日から40日。加えて毎週水曜と金曜。
この期間は肉・乳製品・卵を口にしません。だから豆のたんぱく質が要る。シロはその答えとして発達しました。
断食日の食卓の中心がベヤイネトゥです。1枚のインジェラにシロ、ミスィル(レンズ豆)、ゴメン(青菜)、サラダ、じゃがいも、インゲン、シンブラ、アテルケクなど6〜8種を盛る。中央にシロが置かれることが多い。
エチオピアの菜食文化は健康志向ではなく宗教暦の産物です。ヴィーガン対応が特別対応ではなく、最初から国民食として存在している。



トゥクトゥク・シロ。ぐつぐつ鳴る音。とろみが決まった合図とされる
04種類を並べてみる
粉の配合と、肉が入るかどうかで区別されます。


05いくらで食べられるか
5品のなかで最も安い。ローカル価格ならキトフォの3分の1以下です。
06どこで食べるか
アディスアベバ:アレム・シロ(ボレ・アトラス)とアズメラ・シロ(ボレ)はシロ専門店です。どちらも朝8時から夜9時まで。
カテグナもシロ・ワットをメニューに明記しています。ヨド・アビシニア、2000ハベシャも。
断食期間中はほぼ全ての食堂が「ツォム」表示で全菜食メニューに切り替わるので、その時期ならどこでも食べられます。
ゴンダール:ザ・フォー・シスターズ・レストラン。ラリベラ:ベン・アベバ。


07豆知識
ヴィーガン対応が最初から国民食になっている国。年間180日の断食があるので、菜食が「特別対応」ではありません。エチオピア料理店に行けば、探さなくてもヴィーガンの選択肢が並んでいます。
シロ粉は味噌に近い。市場で自分の配合を挽いてもらう。家ごと、店ごとに味が違う。同じ名前でも別のものが出てくるのが普通です。
ボゼナ・シロだけは断食日に食べられない。肉入りだからです。同じ「シロ」の名前でも、宗教的には正反対のカテゴリに属します。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Injera is served without meat on fasting days, Ethiopia.jpg / Dr. Ondřej Havelka (cestovatel) / CC BY 4.0
- 02/Addis-Abeba-Cuisine éthiopienne (3).jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 3.0
- 03/Ethiopian vegetarian sampler.jpg / Sdkb / CC BY-SA 4.0
- 04/Ethiopian vegetarian food plate at a restaurant, Paris, December 2024.jpg / Suyash Dwivedi / CC BY-SA 4.0
- 05/Addis-Abeba-Cuisine éthiopienne (5).jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 3.0
- 06/Addis-Abeba-Cuisine éthiopienne (12).jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 3.0
- 07/Hilbet.jpg / Eualt / CC BY-SA 4.0
- 08/Ga’at food.jpg / Stefan Alfons Tzeggai / CC BY-SA 3.0



