
カフェ・スア・ダー
Cà phê sữa đá
落ちきるまで、5分だけ待つ
ベトナムのコーヒーは、注文してもすぐには飲めない。アルミの小さな器がグラスの上に乗って出てきて、そこから一滴ずつ落ちる。落ちきるまで、だいたい5分。その間は何もすることがない。
器の名前はフィン(phin)。フランス語の filtre が訛ったものだと言われている。下のグラスには練乳が沈んでいて、そこへ濃いコーヒーが溜まっていく。溜まったら、スプーンでよく混ぜて、氷を入れた別のグラスに一気に移す。
cà phê はコーヒー、sữa は牛乳(ここでは練乳)、đá は氷。名前がそのまま作り方の順番になっている。豆は深煎りのロブスタが主で、日本の感覚だと相当に濃い。だから練乳の甘さが、薄めるためではなく対等な相手として入っている。
店の形はいろいろある。歩道に低い椅子を並べただけの店、古い建物の階段を上がった二階の店、冷房の効いたチェーン店。値段は15,000ドンから80,000ドンまで幅があるが、飲みものそのものはだいたい同じ形をしている。
歩道の低い椅子に座って、これを飲みながら通りを見ているのが、この街のいちばん安い過ごし方だ。一杯20,000ドン、120円ほどで、何時間座っていても誰にも何も言われない。
一杯の解剖

フィン落ちきるまで5分ほど。この写真は器に直接落としているが、店では練乳を先に入れたグラスの上に乗せて出てくることが多い。
一口目
味
苦さの底に、はっきりした甘さ
深煎りのロブスタは苦みが太く、香りはチョコレートに近い。そこへ練乳の甘さが正面からぶつかる。薄めるためではなく、対等な相手として入っている。混ぜ方が足りないと、底のほうだけが極端に甘い一杯になる。
食感
とろりとして、氷で急に軽くなる
混ぜたては練乳のせいでとろりと重い。氷の入ったグラスに移した瞬間、口当たりが変わってさらっとする。飲み進めるほど氷が溶けて薄まっていくので、最初の一口といちばん最後の一口では、まるで濃さが違う。
一口目
混ぜる前にひとくち
グラスの底の練乳を混ぜる前に、上の黒いところだけを少し。ここでロブスタの濃さを知ってから混ぜると、落差が楽しい。混ぜてしまうともう戻せないので、味わうならこの順番しかない。


一杯ができるまで
先に練乳をグラスの底へ。分量は店ごとに決まっていて、たいてい思っているより多い。ここで甘さがほぼ決まってしまうので、控えめにしたいなら注文のときに伝えておく。
甘さ控えめにしたいなら注文時に伝える
2深煎りの粉をフィンに入れ、押さえを乗せて軽く締める。締めすぎると落ちず、緩いと薄くなる。店の人はこの加減だけで、一日じゅう同じ味を出している。粉の量も店ごとにきっちり決まっている。
店の人はこの加減だけで味を揃えている少量の湯で蒸らしてから、残りを注いで蓋をする。あとは一滴ずつ落ちるのを5分ほど待つだけ。待っている間に、氷を入れた別のグラスが用意される。この待ち時間そのものが、この飲みものの一部になっている。
待っている間に氷のグラスが用意される落ちきったらフィンを外し、スプーンで練乳をよく混ぜる。色が均一な茶色になったら、氷のグラスへ一気に移す。混ぜ残すと、最後のひと口だけが甘くなる。
混ぜ残すと、最後のひと口だけ甘くなるフランスの豆と、ベトナムの練乳
コーヒーが持ちこまれる
フランス人によってコーヒーがベトナムに持ちこまれたのは1860年ごろとされる。のちに高温多湿に強いロブスタ種が中心になった。
フィンが生まれる
フランスのフィルター(filtre)から名前が来たと言われる一人用の器が広まる。ただし仕組みとしては濾すというより、湯に浸して落とす方式に近い。
生乳が手に入りにくかった
冷蔵の流通が整わない時代、生乳より缶入りの練乳のほうが手に入りやすかった。そのまま定番として残ったと説明されることが多い。
世界2位の生産国へ
中部高原での大規模な栽培が進み、ベトナムはロブスタを中心に世界有数のコーヒー生産国になった。
歩道の椅子とともに
チェーン店も増えたが、いちばん多いのは歩道に低い椅子を並べただけの店。20,000ドンほどで、何時間でも座っていられる。
コーヒーがベトナムに入ったのは1860年ごろとされる。フランス人が持ちこんだのは当初アラビカ種だったが、高温多湿の気候にはロブスタ種のほうが合っていた。中部高原での栽培が広がるにつれ、ベトナムのコーヒーは苦みの強いロブスタが中心になっていく。
フィンという器の名前は、フランス語の filtre が訛ったものだと広く言われている。ただし仕組みとしては濾すというより、粉を湯に浸してゆっくり落とす方式に近い。一人分ずつ、テーブルの上で淹れる。喫茶店の設備がなくても成立する、小さな道具だ。
練乳が定番になったのは、生乳が手に入りにくかったからだと説明されることが多い。冷蔵の流通が整わない時代、缶入りの練乳のほうがずっと現実的だった。やがて事情が変わっても、この組み合わせだけが残った。いまでは「牛乳で」と頼むほうが特別な注文になる。
1980年代以降、ベトナムは世界有数のコーヒー生産国になった。輸出される豆の多くはロブスタで、インスタントコーヒーの原料として世界じゅうに散っている。街の店で飲む一杯も、同じ畑から来ている。
いま、ホーチミンにはチェーン店も専門店も増えたが、いちばん多いのはやはり歩道に低い椅子を並べただけの店だ。テーブルはなく、椅子の上にグラスを置く。20,000ドン払って、フィンが落ちきるのを5分待って、そこから一時間座っている。この街の午後は、だいたいこの形をしている。

コーヒーが入った年は資料によって1857年・1860年ごろと幅がある。「phin はフランス語の filtre から」という説明も広く語られてはいるが、確定した記録があるわけではない。練乳が定着した理由も、通説として語られているもの。
飲みに行く前に
注文のことば
朝6時から開いている店が多い。フィンで出す店は、飲み終わるまで30分は見ておく。
値段と覚え書き
| 歩道の店・低い椅子 | 15,000〜25,000 VND約90〜150円 |
| 街のカフェ | 30,000〜55,000 VND約180〜330円 |
| チェーン店・観光地 | 55,000〜80,000 VND約330〜480円 |
- đá=氷、nóng=ホット。「cà phê sữa nóng」なら温かい練乳コーヒー
- 持ち帰りは袋に入れて渡されることがある。ストローを挿してそのまま飲む
- 卵黄と練乳を泡立てた「エッグコーヒー(cà phê trứng)」は北部ハノイの飲みもの
- ロブスタは苦みが強い。苦手なら「cà phê sữa」を甘めのままで飲むほうが飲みやすい
- 「bạc xỉu」は練乳を多めにしてコーヒーを少なくしたもの。甘い飲みものが好きならこちら
- 歩道の店では、頼むと蓮茶(trà đá)が無料で付いてくることが多い
値段は2026年9月時点の目安。1,000ドン=約6円で換算。営業時間・価格・閉店は変わることがあるので、行く前に確認を。
参照資料
- Prime Coffee「Lịch sử Phin cà phê」 フィンの名前の由来と、コーヒーが持ちこまれた時期
- Wikipedia tiếng Việt「Cà phê sữa đá」 練乳入りアイスコーヒーの作り方と呼び名
写真の出典(7枚)
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- 木のテーブルに置かれた、練乳を混ぜたベトナムのアイスコーヒー|Sóc Năng Động/Pexels License(商用可・加工可)/2026年公開・明るさ調整あり(原典)
- 白い器の上に置かれたフィンから、コーヒーが落ちている。左にミルクピッチャー|Nikita Belokhonov/Pexels License(商用可・加工可)/2020年公開・明るさ調整あり(原典)
- アルミ製のベトナム式ドリップ器具フィンの寄り|Vindhya Chandrasekharan/Pexels License(商用可・加工可)/2022年公開・明るさ調整あり(原典)
- カフェの卓に置かれた背の高いグラス。下が白、上が濃い茶色の二層になっている|Nhà văn/Pexels License(商用可・加工可)/2025年公開・明るさ調整あり(原典)
- 歩道の黄色いプラスチック椅子の上に置かれた、持ち帰り用カップのアイスコーヒー|Huỳnh Đạt/Pexels License(商用可・加工可)/2020年公開・明るさ調整あり(原典)
- テーブルに並べられた、抽出中のベトナム式ドリップ器具フィン|Sóc Năng Động/Pexels License(商用可・加工可)/2025年公開・明るさ調整あり(原典)
- 「Nem Cà Phê TAUI」の看板を掲げた、黄色い菊の鉢を並べたベトナムのカフェ|Nhi Huynh/Pexels License(商用可・加工可)/2026年公開・明るさ調整あり(原典)
装飾
紙・テープ・手描きの下線・提灯ガーランドなどの装飾は、ユーザー提供の素材パック htnv-decor-user-pack-01〜04 から切り出して使用。
写真はいずれもPexelsライセンス(商用利用可・改変可)。7枚すべて明るさ・彩度・コントラストを調整している。トリミング・合成はしていない。


