
ブンボーフエ
Bún bò Huế
レモングラスと海老の発酵だれで、赤くなったスープ
フォーが静かな一杯なら、ブンボーフエは声の大きい一杯だ。スープは赤く、油が浮いていて、鼻に近づけた瞬間にレモングラスの匂いが立つ。その奥に、海老を発酵させた「マムルオック」の、少しくせのある匂いがひそんでいる。この二つの匂いが、この料理の身分証明書のようなものだ。
麺はフォーと違って断面が丸い。太さは2ミリほどで、箸で持ち上げるとするりと落ちる。ベトナムでは平たい麺を「フォー」、丸い麺を「ブン」と呼び分けていて、名前の頭にあるブンは麺のことを言っている。
具の顔ぶれが賑やかだ。牛のすね肉、豚足、豚の血を固めた煮こごり、蟹と豚のすり身を蒸したつみれ。それに、スープを煮出すときに一緒に入れられたレモングラスの茎が、丼のふちに何本か横たわっている。
卓には香草の皿がついてくる。もやし、細切りにしたバナナの花、ラウザム、レタス。これを自分で丼に沈め、ライムを搾り、辣油を足す。この時点で、最初に運ばれてきたときとは別の丼になっている。
名前のとおり中部のフエの料理だが、ホーチミンでも朝から夜まで食べられる。市内には専門店も屋台も多く、地元の人にとってはフォーと並ぶ日常の一杯だ。
皿の解剖

スープの寄り写真はダナンの店のもの。赤い酢漬け玉ねぎと人参は、フエの伝統的な形にはあまり入らない。店ごとの足しものだ。
一口目
味
辛くて、酸っぱくて、少しくさい
最初に来るのは辣油の辛さとレモングラスの香り。そのすぐ後ろに、海老を発酵させたマムルオックの、チーズにも似た深い匂いが来る。この匂いを苦手だという人もいるが、これがなければブンボーフエではない。
食感
丸い麺は、するりと落ちる
平たいフォーの麺が箸にからむのに対して、丸いブンの麺は箸から逃げる。すくうというより、口へ運ぶ途中で落とさないようにする感じ。血の煮こごりは、豆腐のようにぷるんと崩れる。
一口目
香草を入れる前に、まず一口
運ばれてすぐ、何も足さずにスープをひとさじ。それが店の味だ。そこから、もやしを沈め、バナナの花を入れ、ライムを搾る。足すたびに味が変わるので、どこで止めるかを自分で決める。


一杯ができるまで
1牛の骨と豚の骨を、何時間もかけて煮出す。灰汁をすくいながら、澄んだ出汁になるまで待つ。ここが一杯の土台になる。
店によっては前の日の夜から火にかけている叩いてつぶしたレモングラスを束で入れ、海老を発酵させたマムルオックを水に溶いて上澄みだけ加える。ここでスープの性格が決まる。
マムルオックの量が、店ごとのいちばん大きな違い唐辛子とレモングラス、エシャロットを油で炒めて赤い油を作り、スープに回し入れる。この色が丼の見た目になる。
辛さは、この油をどれだけ入れるかで決まる
4茹でた丸い麺を丼に入れ、牛すね肉、豚足、血の煮こごり、つみれをのせ、熱いスープを張る。香草の皿を添えて出す。
香草は客が自分で沈めるフエの匂いが、南の朝にも並ぶまで
中部の街の料理として
名前のとおりフエの料理。牛肉を使う汁麺は南北のどこにでもあるが、レモングラスと発酵海老だれを組み合わせるのはフエの流儀。
bún=丸い麺
bún(丸い米麺)+bò(牛)+Huế(フエ)。名前が麺・肉・出身地の三つを並べているだけで、それ以上の説明がない。
牛だけではない
名前は牛だが、豚足も血の煮こごりも入る。店の看板にBÚN BÒ/BÚN GIÒ/BÚN GÂNと並んでいるのは、その部位の指定。
ホーチミンで甘くなる
南部の店では砂糖を足して、フエよりも甘めに寄せることが多い。逆にフエでは辛さと発酵の匂いがもっと前に出る。
名前が広く知られる
2010年代以降、海外の料理番組や記事でくり返し取り上げられ、ベトナムの汁麺としてフォーの次に名前が通るようになった。
ブンボーフエの正体は、二つの匂いでできている。ひとつはレモングラス。スープを煮るときに、叩いてつぶした茎を束のまま鍋に沈める。もうひとつはマムルオック——小海老を塩で発酵させた、紫がかった灰色のペーストだ。これを水に溶いて上澄みだけを使う。この二つがそろって初めて、フエの一杯になる。
マムルオックの匂いは、慣れないうちは戸惑うかもしれない。塩辛くて、少し発酵チーズに似ていて、鼻の奥に残る。けれど、この匂いこそがスープに深さを与えている。入れなければ、ただの辛い牛のスープになってしまう。フエの店とホーチミンの店の違いは、たいていこの量の違いだ。
具の名前を見ていくと、この料理が牛だけの料理ではないことが分かる。牛のすね肉と一緒に、豚足が入り、豚の血を固めた煮こごりが入り、蟹と豚のすり身を蒸したつみれが入る。屋台の札に「BÚN BÒ/BÚN GIÒ/BÚN GÂN」と三つ並んでいるのは、牛肉入り・豚足入り・すじ入り、という注文の選択肢だ。
麺のことも書いておきたい。ベトナム語では、平たい米の麺を「phở」、丸い米の麺を「bún」と呼び分ける。だからブンボーフエの麺は丸い。しかも普通のブンより太くて、箸で持ち上げるとつるりと落ちる。この麺だからこそ、油の浮いた濃いスープがよくからむ——というより、からまずにするりと口へ入っていく。
ホーチミンで食べるブンボーフエは、フエのものより少し甘い。南部の料理はどれも砂糖に寛容で、この一杯も例外ではない。だから、フエで食べてから市内で食べると「違う」と感じるはずだ。どちらが正しいという話ではなく、料理が土地を移動するとはそういうことなのだと思う。


「アンソニー・ボーデインが世界一のスープと呼んだ」という話が広く出まわっているが、出典の言い回しには幅がある。ここでは、海外で名前が知られるきっかけの一つになった、という程度にとどめておく。
食べに行く前に
注文のことば
匂いが強いので、初めてならまず香草をたっぷり入れてライムを搾るといい。それだけで、ずいぶん近づきやすくなる。
値段と覚え書き
| 屋台の一杯 | 40,000〜55,000 VND約240〜330円 |
| 専門店(具だくさん) | 55,000〜80,000 VND約330〜480円 |
| つみれ・豚足の追加 | 15,000〜25,000 VND約90〜150円 |
- bò=牛肉、giò=豚足、gân=すじ。看板に並んでいるのは、この部位の選択肢
- 血の煮こごり(huyết)が苦手なら「không huyết」と言えば抜いてくれる
- 丼のふちのレモングラスの茎は、食べずによけていい
- 香草の皿はおかわりできる店が多い。バナナの花はしゃきしゃきしていて、辛さを和らげる
- フエで食べるほうが、辛さと発酵の匂いが強い。ホーチミンの店は甘めに寄る
- 辣油は卓に別に置いてあることが多い。足りなければ自分で足す
値段は2026年9月時点の目安。1,000ドン=約6円で換算。営業時間・価格・閉店は変わることがあるので、行く前に確認を。
参照資料
- Wikipedia tiếng Việt「Bún bò Huế」 材料・具の名前・地域による違い
- Wikimedia Commons「Category:Bún bò Huế」 フエ・ダナンの店の写真と撮影地
写真の出典(7枚)
写真は個別ページのライセンスに従います。作者名・ライセンス・原典リンクを1枚ずつ表示しています。
- 白い丼に赤いスープ、牛肉の薄切り、香草。奥にもやしを盛った皿|Kham Tran/CC BY 3.0/2011年撮影・明るさ調整あり(原典)
- 丸い米麺の上に牛すね肉、豚の血の煮こごり、練りもの、レモングラス、酢漬けの赤玉ねぎ。ダナンで撮影|Beelerb/CC BY-SA 4.0/2016年撮影・明るさ調整あり(原典)
- 赤いスープに玉ねぎの薄切りと香草。麺と肉が沈んでいる寄りの写真|SauceSupreme/CC BY 2.0/2007年撮影・明るさ調整あり(原典)
- 丼のとなりに、もやし・香草・細切りにしたバナナの花を盛った皿が置かれている|Minh28397/CC BY-SA 4.0/2017年撮影・明るさ調整あり(原典)
- 歩道の屋台で、年配の女性が大きな寸胴のスープをかき混ぜている。フエのドンバ市場|Chainwit./CC BY 4.0/2024年撮影・明るさ調整あり(原典)
- 緑色の卓の上に丼。奥にBÚN BÒ/BÚN GIÒ/BÚN GÂNと書かれた店の札|Chainwit./CC BY 4.0/2024年撮影・明るさ調整あり(原典)
- 箸で丸い米麺を持ち上げているところ。麺の断面が丸いのが分かる|Chainwit./CC BY 4.0/2024年撮影・明るさ調整あり(原典)
装飾
紙・テープ・手描きの下線・提灯ガーランドなどの装飾は、ユーザー提供の素材パック htnv-decor-user-pack-01〜04 から切り出して使用。
写真は7枚すべてCCライセンス(Wikimedia Commons)。明るさ・彩度・コントラストを調整している。トリミング・合成はしていない。撮影地はフエとダナンで、ホーチミンで撮られたものではない。


