
チーズフォンデュ
Käsefondue · Cheese Fondue
パンを落としたら、罰ゲーム
ツェルマットの夜、木の壁の店に入ると、まずこの匂いがする。溶けたチーズと、白ワインと、キルシュ。
テーブルの真ん中に素焼きの鍋が置かれ、下で小さな炎が揺れている。長いフォークが人数分。ここから先、食事は共同作業になる。
そして意外なことに、この料理は「ごちそう」として生まれたのではない。
30秒でわかる、この料理
- なにか
- 白ワインとキルシュで溶かしたチーズに、長いフォークで刺したパンをくぐらせて食べる鍋
- 一口目
- 熱さと塩気のあとに白ワインの酸、遅れてさくらんぼの蒸留酒の香り
- 作法
- パンを鍋に落としたら罰ゲーム。飲み物は冷たい水より白ワインか温かい紅茶
- 注文
- ほとんどの店で2名から。配合はモワティエ・モワティエ(半々)が定番
図鑑データ
- 国・地域
- スイス全土。とくにヴァレー州・フリブール州。フランス・サヴォワにも
- 分類
- チーズ料理(鍋)
- 相場
- 1人前 CHF 28〜34(約5,600〜6,800円)。2名から
- 主な材料
- グリュイエール、ヴァシュラン・フリブルジョワ、白ワイン、キルシュ、にんにく、コーンスターチ
- 辛さ
- 辛くない。白ワインの酸味とチーズの塩気
- 食べる場所
- 山小屋風レストラン(シュトゥーベ)。ツェルマットの旧市街に集中
- ベスト時間
- 夜。歩いた日の締め
- 一人前
- パン1皿ぶんで満腹。前菜を頼むと確実に残す
- 予約
- 冬と夏の観光期は必須。18時か20時半の二部制の店が多い
- 注意
- 冷たい水は避ける。胃の中でチーズが固まると言われる
鍋を見る

専用の長いフォーク素焼きの鍋と長いフォーク。写真は神戸・六甲山牧場のレストランで撮影
一口目
味
熱さと塩気、次に白ワインの酸
口に入れると、まず熱さと塩気。次に白ワインの酸味が立ち上がり、遅れてキルシュ(さくらんぼの蒸留酒)の香りが鼻に抜ける。チーズそのものの味は意外にも尖っていない。グリュイエールの香ばしさとヴァシュランのまろやかさが混ざって、角が取れている。
食感
糸がすうっと伸びて、どこかで切れる
引き上げたパンからチーズの糸が伸びて、途中で切れる。この瞬間がフォンデュの一口目。硬いパンの歯ざわりと、熱いチーズのなめらかさが一緒に来る。
付け合わせ
ピクルスと小玉ねぎ
付け合わせには酢漬けのきゅうりと小玉ねぎが必ずつく。濃いチーズの合間にかじると、口の中の脂が切れる。


どう食べる
長いフォークでパンを奥まで刺す。鍋に落としたら罰ゲーム。伝統的には「男性なら次のワインを1本おごる、女性ならテーブルを一周してキス」とされる。
現代の店では笑って済ませるが、落とすと必ず場が沸くパンを鍋の底まで沈め、八の字に混ぜてから引き上げる。底のほうが濃いので、しっかり混ぜるのがこつ。
誰かが常に混ぜていないと、底が焦げて上が分離する鍋に戻すフォークなので、直接口に入れないのが正式。皿の上でパンを外し、自分のフォークで食べる。
守らない人も多いが、知っておくと恥をかかない食べ終わりが近づくと、鍋の底にチーズが焦げついて薄い煎餅のような層ができる。これをラ・ルリジューズ(la religieuse=修道女)と呼び、フォークで剥がして分け合う。
焦がしすぎると苦い。最後の数分の火加減が腕の見せどころなぜ、スイスで食べられているか
山の冬の保存食から
冬が厳しく新鮮な食材が手に入りにくいアルプスでは、熟成したチーズと硬くなったパンが頼りだった。それを無駄にせず食べる工夫が原型とされる。
チューリッヒの料理本に
チーズをワインで煮るレシピが、チューリッヒで出た料理本に載る。広く認められた最初のレシピとされる。
コーンスターチが入る
コーンスターチがスイスに入り、ワインとチーズを分離させずにまとめやすくなった。
国民食として宣伝される
チーズの消費を増やすため、スイスチーズ連合が国民食として売り出した。
硬いパンを食べるためにチーズを溶かした。これがフォンデュの原型だと考えられている。いまも店が前日のパンを出すのは、その名残でもある。硬いパンのほうが、鍋の中で崩れない。
白ワインが入るのは味のためだけではない。ワインの酸がチーズのたんぱく質をほどき、分離を防ぐ。コーンスターチも同じ理由で入る。いまの形が完成したのは、意外に新しい。
国民食として意図的に育てられた料理でもある。1930年代の宣伝のあと、1950年代にはスイス軍の調理教範に載り、兵士が全国に持ち帰ったとも語られる。もとはフランス語圏の料理だったフォンデュは、こうしてドイツ語圏・イタリア語圏にも広まったという。

年代は Wikipedia「Fondue」などによる代表的な説。スイス軍の調理教範の話は広く語られているが、この記事では一次資料を確認できていない。配合・作法・罰ゲームの中身は、店や家庭によって違う。
似ている料理と比べる
同じ谷のチーズ料理から、名前だけが同じ鍋、国の外でよく似た食べ方まで並べてみる。
チーズフォンデュ
Käsefondue
白ワインとキルシュで溶かしたチーズの鍋に、パンをくぐらせて食べる。
ラクレット
Raclette
同じヴァレー州のチーズ料理。鍋で溶かすのではなく、チーズの断面を炙って削ぐ。ツェルマットではフォンデュと並ぶ夜の二大選択肢。
フォンデュ・ブルギニヨン
Fondue bourguignonne
熱した油で肉を揚げる鍋。名前は同じでもチーズは入らない。
フォンデュ・シノワーズ
Fondue chinoise
出汁で薄切りの肉をしゃぶしゃぶにする鍋。こちらもチーズは入らない。
バーニャ・カウダ
Bagna càuda
鍋を囲んで具を浸す構造がそっくり。ただし中身はアンチョビとにんにくのオイル。
日本のチーズフォンデュ
牛乳や生クリームで作ることが多い。白ワインとキルシュが入らないぶん、まったく別の味になる。
何を飲むか
フォンデュの席には、飲み物の決まりごとがある。
- 1冷たい水は避ける「胃の中でチーズが固まって消化不良になる」と昔から言われている。科学的な根拠は薄いが、スイスでは今も広く信じられている。
- 2同じ辛口の白ワイン定番はフォンデュに使ったのと同じ辛口白ワイン。ヴァレー州ならファンダン(シャスラ種)。酸が脂を切ってくれる。
- 3温かい紅茶もう一つの定番。これも同じ理屈で選ばれる。
- 4真ん中の一杯食事の途中にキルシュをショットで飲んで胃を空ける「クップ・ドゥ・ミリュー(真ん中の一杯)」という豪快な作法もある。
豆知識
- 1素焼きの鍋のわけカクロンと呼ばれる素焼きの鍋は、熱をゆっくり伝えて焦げにくくするためのもの。金属の鍋だと底が一気に焦げる。
- 2夏は観光客の料理?季節の料理という意識が強く、夏に食べるのは観光客だと言うスイス人もいる。ただし山の上は夏でも寒いので、ツェルマットでは通年で正解。
- 3残りに卵を割る残ったフォンデュに卵を割り入れてスクランブルにする食べ方がある。店では出ないが、家庭では定番。
- 4二大国民食公式な決まりはないが、フォンデュとロシュティがスイスの二大国民食とされる。
- 5チョコレートは1960年代チョコレートのフォンデュは、1960年代半ばにニューヨークのスイス料理店主コンラッド・エグリがトブラローネの販促として考えたもの。油で肉を揚げるフォンデュ・ブルギニヨンも、同じ店で1956年に出された。

食べに行く前に
注文のことば
ツェルマットのバーンホフ通りから一本入った旧市街に、フォンデュを出す店が集中している。Whymper-Stube や Chalet Restaurant といった名前が有名。人気店は当日では入れない。節約するなら、スーパー(Coop や Migros)でチーズが袋詰めになったフォンデュセットを買い、宿のキッチンで作る手もある(CHF 10前後で2人ぶん)。
値段と覚え書き
| チーズフォンデュ 1人前 | CHF 28〜34約5,600〜6,800円 |
| 追加パン | CHF 4〜6約800〜1,200円 |
| ファンダン(白ワイン)グラス | CHF 7〜10約1,400〜2,000円 |
| キルシュ ショット | CHF 8〜12約1,600〜2,400円 |
| ヴァレー風前菜盛り | CHF 24〜32約4,800〜6,400円 |
- ほとんどの店で2名から。ひとり旅なら、ラクレットかロシュティに切り替える
- 山の上のレストランでも出している。標高2,000mを超える場所で食べると、それだけで別の料理になる
値段は2026年8月時点のツェルマット周辺の相場の目安。1スイスフラン(CHF)=約200円で換算。価格は変動するので、現地で必ず確認を。
参照資料
- Wikipedia「Fondue」 アルプスの保存食としての起源、1699年のチューリッヒの料理本、1905年のコーンスターチ、1930年代のスイスチーズ連合による宣伝、ラ・ルリジューズ、モワティエ・モワティエの配合、フォンデュ・ブルギニヨンとチョコレートフォンデュの由来
- 世界グルメ大図鑑「マッターホルン(スイス)完全ガイド」 ツェルマットの店と値段(2026年8月時点の目安)
写真の出典(7枚)
写真は原典のライセンス(CC BY/CC BY-SA)に従って掲載しています。作者名・ライセンス・原典リンクを1枚ずつ表示しています。旧版に載せていた写真のうち、チーズではない鍋(ブイヨンや油のフォンデュ、チョコレートフォンデュ)が写っていたもの、原典を確認できなかったものは外しました。
- フォークに刺したパンから、溶けたチーズが糸を引いて鍋へ垂れる(スイス・ロマンドの集まりで撮影)|Ludo/CC BY-SA 3.0/2007年撮影(原典)
- 素焼きの鍋で溶けたチーズと、長いフォークに刺したパン(神戸・六甲山牧場のレストランで撮影)|663highland/CC BY 2.5(原典)
- 木の柄のフォンデュ用フォーク(長さ25cm)のセット。ノルウェー民俗博物館の所蔵品|Anne-Lise Reinsfelt / Norsk Folkemuseum/CC BY-SA 4.0(原典)
- 器に入ったチーズフォンデュと、角切りのパン|Karen and Brad Emerson/CC BY 2.0/2012年撮影(原典)
- スイスのレストランで、フォークを鍋に入れてチーズを混ぜる|Aleman89/CC BY-SA 3.0/2009年撮影(原典)
- 焚き火の上の小鍋で、チーズをかき混ぜる(スイス・トリアンのキャンプ場で撮影)|Cédric Trachsel/CC BY-SA 2.5(原典)
- スイス国旗の柄のフォンデュ鍋と、アルコールランプの台|Simon Bonaventure/CC BY-SA 2.0/2010年撮影(原典)


