ラクレット

世界の料理図鑑 スイス

ラクレット

Raclette ラクレット Raclette

半月のチーズの断面を炙り、溶けたところをナイフで削ぎ落とす。皿に着地する瞬間が勝負。

店員が大きなチーズの塊を抱えてくる。断面を電熱の下に差し入れ、しばらく待つ。表面が泡立ってきたら、専用のナイフで一気に削ぎ落とす。

皿の上に、湯気を立てた黄金色の一枚。1枚 CHF 9〜13(約1,800〜2,600円)。これを何枚も繰り返すのがラクレットの食事です。

名前は「削る」という意味の言葉から来ています。料理名がそのまま動作を指している、珍しい例。

国・地域
スイス・ヴァレー州が本場。フランス・サヴォワにも
分類
チーズ料理(炙り)
相場
1枚 CHF 9〜13(約1,800〜2,600円)。3〜5枚で一食
主な材料
ラクレット用チーズ(ラクレット・デュ・ヴァレー AOP)、じゃがいも、ピクルス、小玉ねぎ
辛さ
辛くない。黒胡椒とパプリカ粉を好みで
食べる場所
ヴァレー州のレストラン。ツェルマットの旧市街に専門店
ベスト時間
夜。ひとりでも頼める(フォンデュと違う点)
一人前
3〜5枚。食べた枚数で会計する店が多い
食べ方
熱いうちに。冷めると固まって別物になる
ひとり旅
2名からのフォンデュと違い、1名で頼める

01一口目に来るもの

皿に落ちた瞬間から、時間との勝負が始まります。この温度で食べないと味が半減する。

フォークで持ち上げると、チーズが伸びる。口に入れると、まず熱さ。次にミルクの甘さと、羊皮紙のような発酵の香り。

フォンデュのように白ワインで薄まっていないので、チーズそのものの味が正面から来ます。塩気が強く、脂が濃い。

そこで下に敷いてある皮つきのじゃがいもを崩して混ぜる。じゃがいものでんぷんが脂を受け止めて、急に食べやすくなる。じゃがいもは付け合わせではなく、構成要素です。

ラクレット
ヒーターの下で溶ける半割りのチーズ。手元で台の角度を合わせる(ウィーンで撮影)

02味と食感

ラクレット用のチーズは、ヴァレー州の山の牛乳から作る半硬質チーズ。ラクレット・デュ・ヴァレー AOPは原産地呼称で守られており、この谷のものだけが名乗れます。

熱すると外側が泡立ち、内側がとろりと流れる。いちばんうまいのは焦げた縁です。カリカリになった部分が皿の端に残るので、それを最後に集めて食べる人が多い。

味は熟成期間で変わります。3〜4か月の若いものはミルキーで甘く、6か月を超えると香りが強く塩気が立つ。

黒胡椒とパプリカ粉が卓上に置かれます。2枚目からかけるのが定石。1枚目はチーズそのものを味わう。

ラクレット
半月に切ったチーズの塊。この断面を熱で炙る
ラクレット
チーズの全体像。もとは大きな車輪型で、半分に切って使う

付け合わせは3つだけ

ラクレットの皿には、決まって3つのものが載ります。

じゃがいも——皮つきで茹でたもの。品種は粉質より粘質が好まれます。チーズを絡めるための土台。

コルニション——小さな酢漬けきゅうり。酸味で脂を切る。

小玉ねぎの酢漬け——同じ役割。かじると口の中がリセットされる。

この3つ以外はほとんど出ません。足し算ではなく引き算の料理だからです。

ラクレット
縦型のラクレットマシン。断面をヒーターに向けて溶かす
ラクレット
チーズを傾け、溶けた面をナイフで皿へ削ぎ落とす(ウィーンで撮影)
ラクレット
ヒーターの熱で、表面がふつふつと泡立ちはじめたチーズの断面(ウィーンで撮影)
ラクレット

第 二 章

牧童が焚き火の石でチーズを溶かした

ナイフで削ぎ落とす。一枚ぶんを一気に落とすのが職人技

03食べ方の作法

熱いうちに食べる。これがすべてです。冷めると固まり、ゴムのような食感になります。

皿が来たらすぐフォークとナイフでじゃがいもを崩し、チーズと混ぜる。混ぜてから食べるのがヴァレー流。

次の一枚は、食べ終わってから頼みます。店員が回ってくるので、目で合図するか「Encore une(アンコール ユヌ)」。

枚数は自己申告か、店員が数えています。3〜5枚で一食。6枚を超えると相当に重い。

飲みものはフォンデュと同じく辛口の白ワインか温かい紅茶。冷水は避けるという習慣もここでも生きています。

ラクレット
皿に落とす直前。ナイフの角度で厚みが決まる
ラクレット
マシンの下の皿。次々に削ぎ落としていく
いちばんうまいのは、焦げた縁。ヴァレー州の食卓

04注文のしかた

「Raclette(ラクレット)」で通じます。ドイツ語圏でもフランス語のまま。

枚数制の店では、最初に「Raclette à discrétion(食べ放題)」かどうかを聞かれることがあります。食べ放題はCHF 35〜45前後で、4枚以上食べるならこちらが得。

ひとりでも頼めます。フォンデュが2名からなのに対し、ラクレットは1名から。ひとり旅ならこちらが現実的です。

胡椒とパプリカは卓上。追加のじゃがいもやピクルスも頼めます。

予約はフォンデュほど厳しくありませんが、観光期の夜は入れておいたほうが安心です。

ラクレットチーズフォンデュ
溶かし方断面を炙って削ぐ鍋で白ワインと煮溶かす
人数1名から2名から
味チーズそのもの。塩気が強いワインとキルシュで角が取れる
付け合わせじゃがいも・ピクルス・小玉ねぎパン・ピクルス
値段1枚 CHF 9〜131人前 CHF 28〜34
ラクレット
ヒーターの下で、二つの半割りチーズの断面が並んで溶けていく(ウィーンで撮影)
ラクレット
ヒーターの下に並ぶ半割りチーズ2個と取り皿。溶けるのを待つ(ウィーンで撮影)
ラクレット
削ぎ終わったあとの断面。次はここから溶ける
ラクレットまわりの相場(2026年8月時点の目安)価格
ラクレット 1枚CHF 9〜13/約1,800〜2,600円
食べ放題(à discrétion)CHF 35〜45/約7,000〜9,000円
追加じゃがいもCHF 5前後/約1,000円
ファンダン(白ワイン)グラスCHF 7〜10/約1,400〜2,000円
ヴァレー風前菜盛りCHF 24〜32/約4,800〜6,400円

05どこで食べる

ツェルマットの旧市街に専門店が何軒かあります。Restaurant Julenのように、羊料理とともにラクレットを名物にしている店が有名。

ヴァレー州の谷筋——シオン、マルティニー、サースフェー——ではどこでも食べられます。ここが原産地なので、他の州より安いことが多い。

山の上のレストランでも出しています。標高2,000mの展望テラスで食べるラクレットは、値段のことを一瞬忘れさせる力がある。

冬のクリスマスマーケットでは屋台でも売っています。パンに載せた簡易版がCHF 8前後。

スーパーでラクレット用チーズを買って、宿の卓上マシンで焼く手もあります。長期滞在なら圧倒的に安い。

ラクレット
鉄のスタンドに据えた半割りチーズを、専用の炙り器で溶かす催事の屋台
ラクレット
鉄のスタンドに立てた半割りのチーズ。断面を炙り器に向けて溶かす屋台の実演

06歴史と背景

ラクレットの語源は、フランス語の方言で「削る」を意味する racler。動作がそのまま料理名になっています。

起源はヴァレー州の山岳地帯に暮らした牧童たち。焚き火のそばに石を置き、その上にチーズを立てかけて、溶けた面を削いで食べた。これが原型です。

チーズを火で溶かす記録は16世紀にすでに残っており、料理としてはフォンデュより古い可能性があります。中世のアルプス地方まで遡るとする説もある。

「ラクレット」という名前が定着したのは20世紀に入ってから。それ以前は単に「焼いたチーズ」と呼ばれていました。

山で働く人が、道具のない場所で、あるものだけで作った。フォンデュもラクレットも出自は同じです。違いは、鍋があったか、火と石しかなかったか。

07似ている料理

チーズフォンデュは同じヴァレー州の兄弟。溶かし方と人数が違います。

フランス・サヴォワのタルティフレットは、じゃがいもとベーコンにルブロションチーズを載せて焼くグラタン。じゃがいも+溶かしチーズという構造はラクレットと同じ。

イタリアのフォンティーナのフォンドゥータは卵黄を加えたクリーム状のもの。

日本のチーズ焼きや韓国のチーズタッカルビも「溶かしたチーズを絡める」という点では同系ですが、削ぐという動作はラクレットだけのものです。

08豆知識

・家庭用の卓上ラクレットマシンはスイスの一般家庭にほぼ必ずあります。小さなフライパン(クープレット)でチーズを溶かす簡易版。

・ラクレット・デュ・ヴァレー AOPは原産地呼称保護の対象。ヴァレー州の指定された地域の牛乳だけで作られます。

・削ぐナイフは専用のもので、幅広で薄い。一枚ぶんを一気に落とすのがうまい店員の技です。

・冬の料理という意識が強く、夏に食べるのは観光客とされます。ただし標高1,620mのツェルマットは夏でも夜は冷えるので、通年で正解。

為替レート:1スイスフラン(CHF)=約200円で換算しています(2026年8月時点)。価格は変動します。現地で必ずご確認ください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

価格は2026年8月時点のツェルマット周辺の相場の目安です。