完全道中記 ―― 第一号 特集・第二篇
東京からイスファハンへ。
世界でいちばん青い屋根の下まで
ペルシャの古都に、四百年前の職人が「地上の楽園」を焼き付けた。イマーム・モスクの青いドームまで、飛行機とバスとお腹いっぱいのペルシャ料理で、あなたを連れて行きます。
い ま こ こ
「イスファハンは世界の半分」——16世紀のペルシャ人は、本気でそう呼びました。世界の富と美の半分がこの街にある、と。その中心に立つのがイマーム・モスク(王のモスク)。1979年、世界遺産第1陣として登録された、イスラーム建築の最高傑作です。
- 旅の全長
- 東京 → ドーハ → テヘラン → イスファハン(約8,700km+バス440km)
- ビザ
- 日本人は15日以内の観光なら査証免除(2026年8月時点)。パスポート残存6か月必要
- 総日数
- 6〜7日間(移動2日・イスファハン3〜4日)
- 総予算
- 1人 18〜30万円。現地物価は驚くほど安い(外食1食 数百円〜)
- お金
- 通貨はリアル(表示はトマーン=リアルの1/10が混在)。国際クレジットカードは使えない。全額現金(ユーロ/ドル)持参が鉄則
- 服装
- 女性はスカーフ(ヘジャブ)着用。男女とも肌の露出は控えめに
- 時差
- マイナス5時間30分
第 一 章
出発。
ドーハ経由、ペルシャ行き
東京 → ドーハ 約12時間 → 乗継 → テヘラン 約2時間55分/往復10〜18万円
い ま こ こ
イランへの定番ルートはカタール航空のドーハ乗継。深夜に羽田を出て、朝のドーハで乗り継ぎ、昼過ぎにテヘラン着——時差ボケが最小で済む黄金パターンです。


第 二 章
テヘラン着。
まず、お金の話をしよう
イマーム・ホメイニー国際空港/両替は空港内で・SIMも空港で(数百円〜)
い ま こ こ
入国スタンプは押されません(パスポートに記録が残らない配慮)。到着ロビーでやることは二つ。両替とSIM購入です。
イランの通貨は面白い。公式は「リアル」、でも会話は全部「トマーン」(=リアルの1/10)。10万リアル=1万トマーン。桁に戸惑ったら、店の人が電卓で見せてくれます。そして重要なこと——VisaもMastercardも使えません。旅の全予算をユーロか米ドルの現金で持ち込み、少しずつ両替します。


両替を終えたら、まず一杯のチャイ。イランの一日はここから始まります。2万〜5万トマーン(約70〜175円)。くびれのあるグラス「エステカーン」で、濃く煮出した紅茶が出てきます。
砂糖は入れません。代わりに「ナバート」という結晶化した砂糖の棒を沈めてくるくる回す。サフラン入りの黄色いナバートなら、溶けるにつれて茶が甘くなり、干し草のような香りが立つ。角砂糖を前歯で挟み、その隙間から茶をすする年配の人もいます。熱くて渋くて、長旅の緊張がほどけます。
小腹が空いたらラヴァシュに羊のチーズを巻いたもの(3万〜6万トマーン/約105〜210円)。紙のように薄いパンに、塩気の強い白チーズとクルミ、生のバジルを巻き込む。パンはほぼ無味で、噛むと小麦の甘みだけが残るので、チーズの塩とハーブの香りが際立ちます。



第 三 章
南へ440km。
VIPバスは日本円で千円ちょっと
テヘラン → イスファハン 約5時間30分・VIPバス 250万〜400万リアル(約700〜1,200円)/国内線なら55分
い ま こ こ
イスファハンへは高速バスが主役。「VIPバス」は3列独立シートでリクライニングはほぼフルフラット、お菓子と飲み物つき。それで日本円にして千円前後という衝撃価格です。15分おきに出ているので予約なしでも乗れます。
車窓は乾いた高原がずっと続き、時々ラクダ色の山が起伏します。うとうとして目が覚めると、街路樹の緑が増えている——それがイスファハン到着の合図です。
バスの中で配られるもの。VIPバスは出発してしばらくすると乗務員がトレイを持って回ってきます。紙パックのジュース、ウエハース、「ケイク」と呼ばれる小さなカステラ——運賃に含まれています。千円の運賃で5時間半、菓子つき。
途中のサービスエリアではドゥーグ(4万〜8万トマーン/約140〜280円)。塩味の炭酸ヨーグルト飲料に乾燥ミントが浮いています。一口目は「しょっぱい飲むヨーグルト」に驚きますが、乾いた高原を走った体には妙に効く。キャバブの脂を切る相棒として、水よりよく飲まれています。


第 四 章
イスファハン。
橋の街に荷を下ろす
市中心の宿 1泊2名 3,000〜9,000円/街歩きは徒歩+タクシー(初乗り百円台)
い ま こ こ
イスファハンの背骨はザーヤンデ川。そこに17世紀の橋が何本も架かっています。まず夕方、33のアーチを持つスィー・オ・セ橋へ。橋の内部は歩けて、アーチの窓それぞれが額縁になります。


翌朝はパン屋の行列から。朝7時、街角の小さな窓に人が並びます。焼きたてを紙も袋もなしで手渡されるので、みんな肩に掛けるようにして持ち帰る。
サンギャク(2万〜4万トマーン/約70〜140円)は熱した小石の上で焼く全粒粉パン。畳半分ほどあり、裏返すと石の跡がぼこぼこ残っている。香ばしく、わずかに酸味があり、焦げた部分がいちばんうまい。
バルバリ(2万トマーン前後/約70円)は厚めの朝食パン。ゴマとケシの実が散り、外はぱりっ、中はふんわり。羊のチーズ、蜂蜜、生クルミと食べるのがイランの朝です。合わせるのはマースト・オ・ヒヤール(5万トマーン前後/約175円)——濃いヨーグルトにきゅうりと干しミント。酸味が強く、冷たく、驚くほど水分が少ない。



第 五 章
昼と夜のめし。
キャバブと煮込みの国
クビーデ 15万〜25万トマーン(約525〜875円)・フェセンジャーン 25万〜40万トマーン(約875〜1,400円)
い ま こ こ
広場を一周したら、昼はキャバブです。バザールの中や広場に面した二階の食堂へ。イランの外食はほぼこれ一択で、注文して数分、炭火で焼き上がります。
定番はクビーデ(15万〜25万トマーン/約525〜875円)。羊と牛の挽肉に玉ねぎとターメリックを混ぜ、幅広の剣に手で握りつけて焼いたもの。表面は炭で焦げ、割ると中から肉汁が滲む。塩気は強め、玉ねぎの甘みとスパイスの香りが後から来ます。
食べ方が独特です。必ず付いてくるサフランライスとグリルトマト——まず焼きトマトをフォークで潰してライスに混ぜ、バターの塊を溶かし込む。店によっては生卵の黄身も。ライスが黄色く艶を帯びたら、キャバブを崩して一緒に頬張る。仕上げにスマック(赤い酸っぱい粉)を振ると脂が切れて、何本でも食べられます。





夜は煮込み(ホレシュト)へ。家庭料理の本体はこちらです。
フェセンジャーン(25万〜40万トマーン/約875〜1,400円)はクルミとザクロで鶏を煮た黒褐色の一皿。甘いのか酸っぱいのか一瞬わからない味で、クルミの油がとろみを作り、ザクロの酸が後を引く。ペルシャ料理の最高峰と呼ばれます。
ディジー/アーブグーシュト(18万〜28万トマーン/約630〜980円)は羊と豆とジャガイモの壺煮込み。まずスープだけを別碗に注いでパンを浸して食べ、残った具を専用の棒で潰してペーストにし、またパンで食べる——一皿で二度楽しむ伝統様式です。潰し方は店の人が実演してくれます。








※ 2026年8月時点の目安(1万トマーン=約35円で計算)。イランは物価・為替の変動が大きいため参考値です。会話は「トマーン」、値札は「リアル」(10倍)で混在するので桁を必ず確認。国際クレジットカードは使えません——全額ユーロか米ドルの現金を持参し、市中で少しずつ両替します。イスファハンではバザール内の食堂が安くてうまい。
第 六 章
王の広場。
世界の半分、と呼ばれた場所
ナクシェ・ジャハーン広場(世界遺産)・南北512m×東西163m・入場無料・馬車一周 約千円
い ま こ こ
バザールの門をくぐった瞬間、視界が爆発します。ナクシェ・ジャハーン(世界の似姿)広場。1602年、サファヴィー朝のアッバース大帝が造らせた、当時世界最大の広場です。天安門広場より古く、四辺に王のモスク・貴婦人のモスク・宮殿・大バザールが配される「都市の完成形」。





第 七 章
イマーム・モスク。
青の建築、その内側へ
入場 約50万リアル(150円前後)・開場9:00-11:30/13:00-16:30・金曜午前は礼拝のため閉場
い ま こ こ
広場の南端に、高さ27mの入口門(イワーン)がそびえます。見上げると、鍾乳石のような装飾ムカルナスが青の洞窟のように頭上を覆う。1611年着工、職人たちは18年かけてこの門を飾りました。


門を入ると通路が45度ねじれます。広場は南北軸、しかしモスクはメッカの方角を向くべきだから。この矛盾を、建築家は「ねじれた廊下」一本で解決しました。曲がった瞬間、中庭と青いドームが正面に現れる——世界建築史に残る名演出です。




そして主礼拝室。高さ52mのドームの真下、床の黒い敷石の上で手を一つ叩くと——反響が7回、天から返ってきます。ガイドが手を叩き、観光客が順番に真似をする。400年前の音響設計が、今日も現役です。





ラピスラズリの空色は、四百年経ってまだ乾いていないように見える。






第 八 章
もう一つの青。
貴婦人のモスクの孔雀
シェイフ・ロトフォッラー・モスク・入場 約50万リアル・広場の東辺
い ま こ こ
広場を挟んで向かい合う小さなモスクは、王家の女性たち専用でした。ミナレットも中庭もない代わりに、イランで最も美しいドームと呼ばれる内部があります。


ドームの真下に立って見上げると、中心から光の網が広がり、孔雀が尾を広げたように見えます。入口からの自然光が「尾」になる設計。女性たちだけがこの孔雀を独占していた時代を思うと、少し愉快です。



第 九 章
甘いもの。
歩き疲れたら、氷とバラの香り
ファルーデ 百円前後・バスタニ(サフランアイス)百円台・ガズ 量り売り
い ま こ こ
ペルシャの甘味は「冷たい・香る・安い」の三拍子。まずファルーデ——米粉の細い麺を凍らせ、ローズウォーターのシロップとライムをかけた氷菓です。かき氷とグミの中間のような食感で、モスク観賞後の体に沁みます。







第 十 章
夜。
橋が燃える時間
日没後、ザーヤンデ川の橋がいっせいにライトアップされます。ハージュ橋のアーチの下では、今夜も誰かが歌っている。イスファハンの夜は、外にいる方が楽しい夜です。
治安の心配より、チャイのお誘いの多さを心配してください。「ウェルカム・トゥ・イラン」と一日に何度も声をかけられます。


※ 2026年8月時点の目安。イランの物価・為替は変動が大きいため幅を持って見てください。渡航前に外務省の海外安全情報を必ず確認。女性はスカーフ必携、国際カード不可・現金持参、入場時間は金曜礼拝で変わります。
答「砂漠の民が、水と空を屋根に焼き付けたから」
※ 2026年8月時点の目安。イランは物価・為替の変動が非常に大きいため幅を持って見てください。渡航前に外務省の海外安全情報を必ず確認。女性はスカーフ必携、国際カード不可・現金持参、入場時間は金曜礼拝で変わります。

写真:Wikimedia Commons(ライセンスは出典台帳に全件記載)/料金・時刻は各公式・現地公表値をもとにした2026年8月時点の目安


