黄金いくら

世界の料理図鑑 日本

黄金いくら

ヤマメの卵の醤油漬け おうごんいくら Golden Ikura

イクラが赤いのは餌のせいだ。海に下らない渓流のヤマメの卵は、本来の色である金色のまま育つ。

イクラといえば赤い。ほとんどの人がそう思っている。だが赤いのは、サケが海で食べた甲殻類の色素が卵に移るからだ。

渓流で一生を終えるヤマメは、その色素を取り込まない。だから卵は透きとおった金色のまま育つ。宮崎や山梨、熊本の養魚場が「黄金いくら」の名で商品にしているのが、これである。

採卵は年に一度、秋から初冬だけ。尺サイズまで二年かけて育てた親魚から、わずかな量しか採れない。売り出されて一か月で完売する年もある。日本の食卓に確実に存在するのに、ほとんどの人が食べたことのない魚卵だ。

国・地域
日本。宮崎県三股町、山梨県富士川町、熊本県南阿蘇・高森町などの養魚場
分類
珍味・加工品。渓流魚(ヤマメ・アマゴ)の卵の醤油漬け
相場
50gで1,780円前後、85gで1,890円前後
主な材料
ヤマメまたはアマゴの卵、醤油、酒、みりん
辛さ
辛くない。醤油の塩気と卵の甘み
食べる場所
養魚場の直営レストラン、通販、ふるさと納税、九州の温泉旅館
ベスト時間
販売は11月から。冷凍品として通年少量流通する
一人前の目安
丼にのせるなら50g、酒の肴なら小さじ数杯
食べ方
そのまま、または熱いご飯にのせて。丼にすると粒の弾力がよく分かる
近い料理
サケのイクラ、ししゃもの卵、とびこ

01一口目に来るもの

色が違う。それが最初の驚きになる。皿の上のそれは赤くなく、琥珀色というか、蜂蜜に近い透明な金色をしている。粒はサケのイクラよりひとまわり小さい。

口に入れて舌の上で転がすと、皮の張りがはっきり分かる。サケのイクラよりも皮がしっかりしていて、簡単には潰れない。歯を当てると、プチッと乾いた音がしそうな感じで弾ける。

中から出てくるのは、濃く煮詰めたような旨みだ。生臭さがまったくない。渓流の冷たい水で育った魚だからか、後味が驚くほど澄んでいる。醤油漬けなので塩気はあるが、それが卵の甘みを押しのけることはない。

サケのイクラを「濃厚」と表現するなら、こちらは「凝縮」だ。量は少なくていい。ご飯の上に大さじ二杯もあれば、一杯の丼として十分に成立する。

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マスの卵を衣揚げにしたもの(イタリア)。加熱前の卵は本来この淡い金色をしている
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サケのイクラ。赤いのは餌に由来する色素のため(写真はサケのイクラ)
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第 二 章

色の理由

富士山と宮川・桂川の合流点。この水系の冷たい水が渓流魚を育てる

02なぜ赤くないのか

サケ科の魚卵が本来持っている色は、金色である。赤いのは後から付いた色だ。

サケは海に下り、オキアミなどの甲殻類を大量に食べる。そこに含まれるアスタキサンチンという赤い色素が体に蓄積し、身を赤くし、卵にも移る。市販のイクラのあの赤は、海の食物連鎖の結果である。

ヤマメは、その一生を渓流で終える。同じ種でも海に下ればサクラマスになるが、川に残った個体はヤマメのままだ。海のオキアミを食べる機会がない。だから卵は色素を受け取らず、金色のまま成熟する。

養魚場では、餌の配合を工夫して粒を大きく、色を澄ませる努力もされている。山梨の忍沢養殖場は魚粉飼料を厳選することで大粒の黄金いくらを作っている、と説明している。

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ヤマメ(サクラマスの陸封型)。渓流の女王と呼ばれる
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アマゴ。ヤマメの近縁で、朱点があるのが特徴
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孵化7日前のニジマスの卵。中に稚魚の目が見えている

03年に一度しか採れない

採卵は十月下旬から十一月。年に一度だけである。販売は十一月に始まり、一か月以内に売り切れてしまうこともある。

希少になる理由は三つある。第一に、採卵の機会が年に一度しかないこと。第二に、卵が採れるサイズまで育てるのに時間がかかること。宮崎のしゃくなげの森は、体長約50センチ・1キロ超の「尺ヤマメ」を二年かけて育て、そこから卵を採る。第三に、一尾から採れる卵の量がサケに比べて圧倒的に少ないことだ。

結果として、黄金いくらは賞味期限180日の冷凍品として、通年ごく少量が流通する形になっている。スーパーの鮮魚売り場に並ぶ性質の商品ではない。

なお、イワナの卵を商品として売っている例は確認できなかった。釣り人が持ち帰った卵を自家製の醤油漬けにする、という話は昔から各地にある。

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渓流魚の養魚場(熊本県産山村)。黄金いくらはこうした養魚場から生まれる
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養魚場の池。冷たい湧き水を流し続ける
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養魚場の設備。採卵は年に一度、秋から初冬にかけて行われる

04作り手たち

「元祖 黄金イクラ」を名乗るのは、宮崎県三股町のしゃくなげの森である。鰐塚山系の水で尺ヤマメを育てている。ここのヤマメは、昭和53年の宮崎国体と平成16年の全国植樹祭で天皇陛下のお食事に供された、という来歴を持つ。

山梨県富士川町の忍沢養殖場も「黄金いくら」を出している。テレビ番組で紹介されて知られるようになった。ふるさと納税の返礼品としても扱われている。

熊本県では村上養魚場(高森町・南阿蘇村)が「ヤマメの卵 醤油漬け」を作っている。JR九州のクルーズトレイン『ななつ星in九州』の車内食材に採用された、という実績を持つ。

三者に共通するのは、渓流魚の養殖業者が採卵期の副産物を商品化したという成り立ちだ。何百年も続く郷土料理ではなく、近年になって形になった特産品である。

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水槽で泳ぐヤマメ
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パーマーク(体側の斑紋)が消えかけた大型のヤマメ

05サケのイクラとどう違うか

並べて比べると違いははっきりする。色、粒の大きさ、皮の硬さ、そして後味。

面白いのは、天然のイワナやヤマメの卵を釣り人が自家製で漬けた場合の評価だ。「茶色っぽく小粒で、鮭ほど濃くなくさっぱりしている」と書かれることが多い。養殖の黄金いくらの「濃厚で上品」という評価とは、ずいぶん印象が違う。餌と育て方が、そのまま卵の味になっているということだろう。

黄金いくら(ヤマメ・アマゴ)サケのイクラ
色透明感のある金色・琥珀色鮮やかな赤・オレンジ
粒の大きさ小さめ大きい
皮張りが強く、はっきり弾ける柔らかく、口の中で崩れる
味凝縮した旨み。臭みがない濃厚で脂を感じる
採れる時期10月下旬〜11月の年1回秋(サケの遡上期)
黄金いくら
いくら丼。ヤマメの卵はこの量を集めるのが難しい(写真はサケのイクラ)
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いくらの軍艦巻(写真はサケのイクラ)

06いくらで買えるか

通販が基本になる。山梨・忍沢養殖場の50g入りが1,782円(税込)。熊本・村上養魚場の85g入りが1,890円。宮崎産を扱う旬旬堂は300gで7,560円、100個限定という売り方をしている。

三股町の物産館「よかもんや」では、黄金いくら80gと尺ヤマメの醤油漬け70gのセットが3,500円。現地に行けるならこの形がいちばん納得感がある。

ふるさと納税を使う手もある。山梨県富士川町では50g×2本が寄付13,000円から用意されている。

どれも数量限定だ。十一月に売り出されて、そのシーズンぶんが終われば次は一年後になる。

黄金いくらの相場(2026年8月時点の目安)価格
忍沢養殖場 50g(山梨)1,782円(税込)
村上養魚場 85g(熊本)1,890円
旬旬堂 300g(宮崎産・限定)7,560円
よかもんや 黄金いくら80g+尺ヤマメ漬け70g3,500円
しゃくなげの館 黄金イクラ丼1,800円
ふるさと納税 50g×2本(山梨県富士川町)寄付13,000円〜

07食べに行くなら

いちばん確実なのは、宮崎県北諸県郡三股町長田のしゃくなげの森である。園内のレストラン「しゃくなげの館」で、黄金イクラ丼が1,800円。ヤマメの塩焼きは500円で付けられる。

金色の粒がご飯を覆っている丼は、写真で見るより実物のほうが上品だ。赤いイクラ丼のあの押し出しの強さがなく、代わりに透明感がある。

九州では、由布院や霧島あたりの旅館で食材として使われている例もある。『ななつ星in九州』の車内食に採用されたのも同じ流れだ。渓流魚の卵は、いま高級食材の側に置かれつつある。

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串に刺して炭火で焼く川魚(写真は鮎)
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ヤマメの塩焼き。卵を採った親魚も無駄にはしない

08渓流という場所

ヤマメが棲むのは、水温の低い上流域だ。夏でも水がひやりとしている場所でなければ生きられない。だから養魚場は必ず山の中にある。湧き水や渓流の水を池に流し続け、水温を保つ。

宮崎の鰐塚山系、山梨の富士川水系、熊本の南阿蘇。いずれも水の綺麗さで知られる土地である。黄金いくらの産地が全国に散らばっているようで実は共通しているのは、その一点だ。

「渓流の女王」と呼ばれるヤマメの、その卵を食べる。年に一度、一か月だけの話である。

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アマゴ。西日本の渓流に多い
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かごに並んだイワナとヤマメ、その交雑のカワサバ

09豆知識

サケ科の魚卵の「本来の色」は金色である。赤いイクラのほうが、後天的に色をつけられた側だ。

「尺ヤマメ」は30センチを超える大物のこと。天然の渓流ではまず釣れないサイズで、養殖でも二年かかる。

しゃくなげの森のヤマメは、宮崎国体と全国植樹祭で天皇陛下のお食事に供された系統だという。

村上養魚場のヤマメの卵は『ななつ星in九州』の車内食材に採用されている(2024年から2026年)。

「山のいくら」「渓流のいくら」といった呼び名は、調べた範囲では商品名としては使われていない。流通名として定着しているのは「黄金いくら/黄金イクラ」である。

黄金いくら
通い橋から見た富士山と宮川。この水系の冷たい水が渓流魚を育てる
ご注意:価格・在庫は2026年8月時点の目安です。採卵は年に一度のため、時期によっては完売しています。お求めの際は各養魚場・販売元に直接ご確認ください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

写真の出典

本文中の写真はすべてWikimedia Commonsより。各画像のライセンスは以下のとおりです。

0 Oncorhynchus masou 01.jpg/Σ64/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

1 Oncorhynchus masou ishikawae1.jpg/KENPEI/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

2 Oncorhynchus masou in Aquarium 2011-09-11.jpg/Alpsdake/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

3 Oncorhynchus masou without parr mark 2.jpg/Totti/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

4 Oncorhynchus masou ishikawae Mitosea.jpg/Totti/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

5 カワサバ イワナ ヤマメ 1.jpg/Ty1001/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

6 Aquaculture in Ubuyama, Kumamoto 01.jpg/Asset utilitist/CC0/Wikimedia Commons

7 Aquaculture in Ubuyama, Kumamoto 03.jpg/Asset utilitist/CC0/Wikimedia Commons

8 Aquaculture in Ubuyama, Kumamoto 02.jpg/Asset utilitist/CC0/Wikimedia Commons

9 Uova di trota impastellate e fritte.jpg/Prof.lumacorno/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

10 Lachskaviar, Salmon roe, Red caviar, Красная икра 003.JPG/Puschinka/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

11 Gavins Point NFH rainbow trout eggs 7 days before hatching.png/Sam Stukel/USFWS/Public domain/Wikimedia Commons

12 Ikura don.jpg/Flickr.com user “Blue Lotus”/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

13 Salmon roe gunkanmaki of Moriya Sakanaya Uohei.jpg/Nkanplain (talk)/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

14 Freshly caught ayu (sweetfish) roasting on sticks, Nishiiyayama, Tokushima Prefecture, Shikoku, Japan.jpg/OKJaguar/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

15 Yamame no Shioyaki.jpg/ノボホショコロトソ/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

16 The Confluence of Miya and Katsura River and Mount Fuji.jpg/Hrykt/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

17 The view of Mount Fuji and Miya River from Kayoi Bridge 02.jpg/Hrykt/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

参考にした資料

忍沢養殖場(山梨県富士川町)商品ページ

村上養魚場(熊本県高森町・南阿蘇村)商品ページ

しゃくなげの森(宮崎県三股町)公式サイト

旬旬堂「黄金いくら」

三股町物産館よかもんや 商品情報

ふるさとチョイス 山梨県富士川町 返礼品

宮崎県観光協会 みやざき観光情報

兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター 業務報告

※黄金いくら(ヤマメ・アマゴの卵の醤油漬け)そのものを撮影した自由利用可能な写真が存在しないため、ヤマメの魚体、養魚場、マス類の卵、サケのイクラの写真で説明しています。サケのイクラを使った写真には、キャプションにその旨を明記しています。