ざざむし

世界の料理図鑑 日本

ざざむし

川虫の佃煮 ざざむし Zazamushi

漁期は真冬の三か月だけ。許可証を持つ漁師はもう十人ほどしかいない。1キロ6,000円で取引される虫の話。

「ざざむし」は虫の名前ではない。天竜川の瀬にいる水生昆虫の幼虫をまとめてそう呼ぶ。ざーざーと音を立てる浅瀬の虫、というのが語源だとされる。

獲るのは真冬だけだ。胸まである胴長を着て、足の裏に鉄のかんじきを履き、万能鍬で石を裏返して、下流に構えた四つ手網へ虫を流し込む。この漁には天竜川上流漁業協同組合の許可証がいる。

醤油と砂糖で煮詰めた佃煮は、小エビの佃煮によく似ている。「食感はサクラエビのようで、味はあっさりしたウニのよう」と書いた人がいる。川臭さも雑味もない。

国・地域
日本。長野県伊那谷。天竜川の岡谷市川岸から駒ヶ根市までの上流域
分類
昆虫食・珍味。水生昆虫の幼虫の佃煮
相場
瓶詰22gで2,160円、40gで1,350円ほど
主な材料
ヒゲナガカワトビケラの幼虫を主体とする川虫、醤油、砂糖、みりん
辛さ
辛くない。甘辛い佃煮の味
食べる場所
伊那市内の土産店、産直市場グリーンファーム、つかはら店頭、通販
ベスト時間
漁期は12月下旬から2月下旬。商品は通年
一人前の目安
小皿に一つまみ。酒の肴として少量
食べ方
そのまま酒の肴。熱いご飯にのせても
近い料理
イナゴの佃煮、蜂の子、カイコのさなぎ、桜えびの佃煮

01一口目に来るもの

小皿に、黒く艶のある小さな塊が十いくつ。よく見れば脚があり、節がある。虫だと分かる形はしっかり残っている。

口に入れると、まず醤油と砂糖の甘辛さが来る。佃煮そのものの味だ。噛むと殻がカリッと鳴り、中からほろりとした身が出てくる。

味の描写でいちばん多いのは「エビ」である。「食感はサクラエビのようで、味はあっさりしたウニのような感じ」「ほとんど海老の味と食感」「小エビのような香ばしさ」。そして共通しているのが「川臭さや雑味は全然ない」「虫臭さもほぼない」という点だ。イナゴやカイコのさなぎの佃煮とは、そこがはっきり違うという。

混ざっている虫の種類で味も変わる。ヘビトンボの幼虫がいちばん濃厚で、ヒゲナガカワトビケラは磯の香りがあり、カワゲラは歯ごたえがいい。獲れた川虫をそのまま煮るので、年や場所によって中身の比率が変わる。同じ商品でも、瓶ごとに少しずつ味が違う。

ざざむし
佃煮。ざざむしも同じように醤油と砂糖で煮詰める(写真は一般の佃煮)
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シラウオの佃煮(三重・桑名。写真は一般の佃煮)
ざざむし

第 二 章

冬の川に、入る

天竜川。ざざむし漁が行われるのは岡谷市川岸から駒ヶ根市までの上流域

02ざざむしとは何の虫か

ざざむしは特定の種の名前ではない。清流の石の裏にいる水生昆虫の幼虫、いわゆる川虫の食用の総称である。

市販品の主体はヒゲナガカワトビケラの幼虫、通称クロカワムシ。ほかにシマトビケラ類、ウルマーシマトビケラ、そしてヘビトンボの幼虫が混じる。ヘビトンボの幼虫は伊那では「マゴタロウムシ」と呼ばれ、古くは疳の虫の薬としても知られた。

語源は「ざーざー」と音を立てる瀬にいる虫、あるいは浅瀬(ざざ)にいる虫、という説がある。

産地は限定されている。天竜川の上流域、岡谷市川岸地区から駒ヶ根市までの間。「伊那市以外の地域で見かけることはほぼない」と書いた食べ歩きの記録がある。

ざざむし
カワゲラの幼虫。ざざむしに混じる川虫のひとつ
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トビケラの幼虫がすむ、小石と苔の浅い川底(セルビアで撮影)
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小石を綴って作ったトビケラの巣。この中に幼虫がいる
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クロスジヘビトンボの仲間の幼虫の図解(図)。マゴタロウムシ(ヘビトンボの幼虫)に近い姿
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カワゲラの幼虫。石の裏に貼りついて暮らす
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カワゲラの幼虫の全身(米ニューヨーク州で撮影)
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カワゲラ幼虫の頭部の拡大(写真はタスマニアの種)

03ざざ虫踏みという漁

漁の方法は独特だ。胸まである胴長を着て、足の裏に鉄製の「かんじき」を装着して川に入る。万能鍬で上流側の石を裏返し、かんじきで踏んで虫を流す。これを「ざざ虫踏み」という。下流には四つ手網——竹を十字に組んで網を張ったもの——を構えておき、流れてきた虫を受ける。

捕獲した後は選別器にかける。金網を層状にしたもので、虫が下へ潜る習性を利用してゴミと分ける。鍬も選別器も市販品がないので、漁師の自作である。

漁期は十二月下旬から二月下旬までの、およそ二か月だけ。理由は明快で、冬は虫が餌を食べておらず身が美味しいからだ。水温が上がると臭みが出る。

そして許可制である。天竜川上流漁業協同組合の「虫踏み許可証」が必要で、組合員になって株を買う必要があるという記述もある。2025年10月30日、この「ざざ虫漁」は伊那市の指定無形民俗文化財になった。

ざざむし
天竜川の渓谷
ざざむし
天竜川と川原の岩

041キロ6,000円の虫

漁師からの買い取り相場は1キロあたり6,000円から6,500円。安い食材ではまったくない。

店頭価格は、つかはら(塚原信州珍味・伊那市)の瓶詰が22グラムで2,160円。産直市場グリーンファームのざざむし甘露煮は40グラムで1,350円。同じ店の蜂の子890円、さなぎ450円、いなご460円と比べると、信州の昆虫食のなかでも突出して高い。

高い理由は供給にある。漁の許可者はかつて70〜80人いたが、いまは10人ほど。取材に応じた漁師は75歳で経験40年という。台風で川床が荒れた影響もある。

上伊那農業高校と昆虫食企業のTAKEOが「ざざむしふりかけ ZAZATEIN」を17グラム850円で出している。食文化を絶やさないための、高校生の取り組みである。

ざざむしの相場(2026年8月時点の目安)価格
つかはら ざざむし 瓶詰22g2,160円
グリーンファーム ざざむし甘露煮 40g1,350円
ざざむしふりかけ ZAZATEIN 17g850円
(参考)同じ店の蜂の子890円〜
(参考)同じ店のいなご460円〜
漁師からの買い取り相場1kg 6,000〜6,500円
ざざむし
樽に積まれた袋入りの佃煮(東京・築地で撮影。写真は一般の佃煮)
ざざむし
トビケラの幼虫(別種)

05いつから食べているのか

実ははっきりしない。文献では、1919年の三宅恒方の記録に登場せず、1934年の久内清孝の記録には出てくる。ここから「1920年代から30年代に定着した食習慣ではないか」という見方がある。

一方で「江戸時代から続く」と紹介する媒体も多い。開始時期は確定していない、というのが正確なところだ。中山道から外れた内陸で、交通が発達する以前の貴重なタンパク源だったことは間違いないだろう。

産業化したのは大正時代とされる。「かねまん」という店が珍味として売り出したのが始まりだと伝わっている。

信州には四大珍味と呼ばれるものがある。蜂の子、イナゴ、カイコのさなぎ、そしてざざむし。海のない県で、明治以降の製糸業が桑畑を広げ、その副産物のさなぎまで食用にした。ざざむしはその文脈の中にある。

信州の昆虫食何を食べるか味の傾向
ざざむし天竜川の水生昆虫の幼虫小エビの佃煮に近い。虫臭さがない
蜂の子クロスズメバチの幼虫・さなぎ甘く濃厚。もっとも人気が高い
イナゴ水田のイナゴ香ばしく歯ごたえがある
カイコのさなぎ製糸業の副産物クセが強い。好き嫌いが分かれる
ざざむし
片桐ダムと天竜川
ざざむし
茶臼山から見た伊那谷と八ヶ岳

06世界の昆虫食のなかで

FAOが2013年に出した報告書によれば、昆虫は世界で20億人の食生活の一部であり、食用とされる種は1,900種を超える。

環境負荷の話もよく引かれる。昆虫の肉1キロを作るのに必要な飼料は約2キロ、牛肉なら8キロ。ブタはミルワームの10倍から100倍の温室効果ガスを出すという。

ただ、ざざむしを「未来のタンパク源」の文脈だけで語るのは少し違う気がする。世界の昆虫食はバッタやイモムシ、シロアリといった陸の虫が主流だ。冬の川に入り、石を踏んで、網で受ける——という漁で獲る水生昆虫の食文化は、世界的にも珍しい。

守られようとしているのは栄養ではなく、この漁のほうである。

ざざむし
天竜川(下流部の眺め)

07豆知識

ざざむしは一種類ではない。獲れた川虫の混成なので、年や場所によって中身の比率が変わる。

漁に使う鍬も選別器も市販されていない。すべて漁師の自作である。

かつては福島県でも「ザームシ」「ザザムシ」として川虫を食べる習慣があったという記録がある。

ヘビトンボの幼虫マゴタロウムシは、食用になる前から子どもの疳の虫の薬として知られていた。

2025年、ざざ虫漁が伊那市の指定無形民俗文化財になった。守るべきものとして、行政が正式に認めた形である。

ご注意:価格は2026年8月時点の目安です。ざざむし漁には天竜川上流漁業協同組合の許可証が必要です。無許可の採捕はできません。甲殻類アレルギーのある方は、昆虫食で同様の反応が出る場合があるため注意してください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

写真の出典

本文中の写真はすべてWikimedia Commonsより。各画像のライセンスは以下のとおりです。

0 Food insects at a grocery store in Nagano Pref., Japan..jpg/投稿者/Public domain/Wikimedia Commons

1 SteinfliegenLarve2.JPG/böhringer friedrich/CC BY-SA 2.5/Wikimedia Commons

2 Stonefly nymph (5795327322).png/Dave Huth from Allegany County, NY, USA/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

3 Stonefly nymph (5787610055).png/Dave Huth from Allegany County, NY, USA/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

4 Larva Trichoptera.jpg/Bojana Matić/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

5 Larva Trichoptera casulo rego da Rocha, Herbón (A Coruña).jpg/Dodro/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

6 Caddisfly Larva.jpg/MyForest/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

7 Tasmanoperla Larvalis nymph head.jpg/Emi.gkb/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

8 Protohermes grandis larva tagged.png/Protohermes_grandis_2.jpg: User:STB-1
derivative work: B kim/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

9 Tenryū River December 28, 2005.JPG/Oneself/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

10 Tenryū River, Tenryū Ward Hamamatsu 2012.JPG/Tomio344456/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

11 Tenryu River from Route 418 s4.jpg/Alpsdake/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

12 Tenryu River from Route 418 s3.jpg/Alpsdake/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

13 Katagiri Dam and Tenryu River.jpg/Alpsdake/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

14 Ina Nagano and Yatsugatake from Mount Chausu.JPG/Alpsdake/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

15 Tsukudaniphoto.jpg/Jun OHWADA/CC BY 2.0/Wikimedia Commons

16 Shirauo-kobaini.jpg/Antenna-taro/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

17 Tsukudani -01.jpg/Aimaimyi/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons

参考にした資料

Wikipedia「ざざむし」「ざざむしの佃煮」

むしくい「ざざ虫漁 長野県伊那市の昆虫食文化」

長野県のおいしい食べ方「伊那市でザザムシ捕りを体験」

和樂web「1kg6000円で売れることもあるざざ虫漁に潜入」

BRAVO MOUNTAIN「ざざ虫を獲って食べてみた」

つかはら(塚原信州珍味)

産直市場グリーンファーム 信州の昆虫食

TAKEO株式会社 プレスリリース(ZAZATEIN)

伊那市 指定文化財一覧

天竜川漁業協同組合

FAO『昆虫の食糧保障、暮らし そして環境への貢献』(2013)

※ざざむしの佃煮そのもの、および漁の様子の自由利用可能な写真が存在しないため、川虫の生体写真、天竜川の風景、一般の佃煮の写真で説明し、キャプションにその旨を明記しています。