世界の料理図鑑 日本
しもつかれ
すみつかれ・しみつかり しもつかれ Shimotsukare
正月の鮭の頭と、節分の余った豆。残り物を全部まとめて煮る。見た目で敬遠され、味で驚かれる一皿。
見た目の評判が、とにかく悪い。「ぐちゃぐちゃ」「どろっとしている」と書かれ、もっとひどい例えをされることもある。
材料を聞けば理由が分かる。正月の塩引き鮭の頭。節分で余った煎り大豆。大根と人参を鬼おろしで粗くおろしたもの。そこに酒粕と油揚げ。要するに、冬の家の残り物を全部まとめて一時間煮込んだものである。
ところが食べた人の記録を読むと、印象が割れる。「思ったよりも薄味で、酒粕の臭みも気にならず食べやすい」「全然悪くない、むしろウマい」。二月最初の午の日、栃木ではこれを作って稲荷神社に供える。
- 国・地域
- 日本。栃木県全域、茨城県西部、群馬県東毛、埼玉県東部、千葉県北部、福島県南会津
- 分類
- 郷土料理・行事食。初午に作って供える
- 相場
- スーパーの惣菜で380円前後、冷凍300gで580円ほど
- 主な材料
- 塩引き鮭の頭、煎り大豆、大根、人参、酒粕、油揚げ
- 辛さ
- 辛くない。塩味と旨味が中心で、強い味付けはしない
- 食べる場所
- 栃木県内のスーパー惣菜、道の駅、一部の食堂・旅館
- ベスト時間
- 2月最初の午の日(初午)。冷ましてから食べるのが本来
- 一人前の目安
- 小鉢に一杯
- 食べ方
- 冷まして食べる。赤飯と一緒に供えるのが習わし
- 近い料理
- 粕汁、三平汁、柏崎のしょっから煮
01一口目に来るもの
茶色い。それが第一印象になる。鮭も大豆も大根も、全部が煮崩れて混ざり合っていて、どれがどれだか分からない。器に盛られてもなお「ごちゃまぜでどろっとしている」と書かれる。
香りは酒粕である。そこに鮭の塩気が混じる。人によっては生臭く感じる。否定的な記録では「とにかく酒粕臭かった。食感もドロドロの中に鮭の骨のざらざら感がある」と書かれている。
では実際に食べるとどうか。「思ったよりも薄味。酒粕の臭みも気にならず、食べやすい。飽きの来ないシンプルなお味」。別の書き手は「全然悪くない。むしろウマい。ちょっとクセが強くて煮崩れた煮物くらいの感覚」「小鉢に移せば居酒屋のお通し気分」と書いた。
食感の中心は、鬼おろしで粗くおろした大根と人参だ。すりおろしのようになめらかではなく、粒が残っている。水分を含んだ粒のある食感は、初めての人には予想しにくい。そこがつまずきどころでもある。


第 二 章
二月最初の午の日に
冬の宇都宮。街の向こうに山が見える
02鬼おろしという道具
しもつかれを作るのに欠かせないのが「鬼おろし」である。目の粗い竹製(地域により木製)のおろし器で、鬼の歯のようなギザギザが並ぶ。
普通のおろし金を使ってはいけない。細かくおろすと水分が出て、しゃばしゃばになってしまう。鬼おろしは繊維を断ち切らずに削るので、水分が出にくく、シャキシャキした粗い粒感が残る。あの独特の食感は、この道具から来ている。
作り方はこうだ。鮭の頭を圧力鍋で二十分ほど煮る。生臭さを抑えるために先に焼いておく工夫もある。大根と人参は鬼おろしで粗くおろす。大豆は皮を除く。全部を厚手の鍋に入れて一時間ほど煮込み、最後に酒粕を加えて砂糖と醤油で味を調える。
味付けは強くしない。塩味と旨味が中心で、煮上がってからなじませる。それだけの料理である。


03残り物から生まれた
材料の出所を追うと、この料理の性格がよく分かる。
塩引き鮭の頭は、正月に食べた新巻鮭の残り。煎り大豆は、節分の福豆の余り。大根と人参は冬の畑にあるもの。酒粕は、造り酒屋から回ってくるもの。つまり、一つとして「しもつかれのために買ってきた材料」がない。
酒粕を使うようになったのは江戸中期、造り酒屋が普及してからだとされる。それ以前の姿は違っていた。1830年の『嬉遊笑覧』に載るしもつかれは「大豆と大根おろしを酢で締めた食べ物」で、これは2021年に再現され、鹿沼市の保育園給食で出されている。
残り物を捨てずに、神様に供える形にまで仕立て上げる。冬の北関東の、食べ物に対する構えがそのまま料理になっている。


04初午と、藁づとと
食べるのは初午の日。二月最初の午の日である。
しもつかれと赤飯を、藁で編んだ「わらづと」二つに分けて入れ、結び合わせて稲荷神社や屋敷神のお稲荷様に供える。祈るのは火の用心、家内安全、商売繁盛。
本来これは旧暦二月の初午、いまでいう三月上旬の春の行事だった。新暦になったことで、厳冬期の行事に移ってしまった。冬の残り物で作る料理という性格は、むしろこの暦のずれによって強まったのかもしれない。
「初午前には作るな」という禁忌がある土地もある。二の午には、初午の分を種にして継ぎ足す慣習もあった。



05七軒食べると病気にならない
「七軒の家のしもつかれを食べると病気にならない」。この土地に伝わる言い方である。「三軒食べ歩くと中気にならない」と言う地域もある。
背景にあるのは、味付けが家ごとにまったく違うことだ。「塩辛いものあり、甘いものあり」と記録されている。だから重箱に入れて近所とやり取りし、味比べを兼ねて食べ歩く。共食の文化が、言い伝えの形で残った。
逆に言えば、しもつかれの「正解」は存在しない。一度食べた味がすべてではない、というのが、この料理を語るうえでいちばん大事な注意書きになる。
一度食べた味が、しもつかれのすべてではない。家ごとに味が違うことを説明する、栃木でよく聞く言い方
06名前の謎
最も古い記録は鎌倉時代の『宇治拾遺物語』に出てくる「酢憤り(すむつかり)」だ。慈恵僧正良源の逸話に登場する。煎り大豆に酢をかけると皺が寄る、その様子から付いた名前だとされる。
江戸時代を通じて「すみづかり」と呼ばれ、明治期に「しもつかれ」へ変わった。下野国という地名に引かれた変化ではないか、と文化庁の資料は推定している。
語源には三説ある。味が染みる「しみつかる」から。「酢むつかり」から。「下野家例(しもつけかれい)」の訛りから。どれも決め手を欠く。
表記も揺れる。しもつかり、しみつかり、しみつかれ、すみつかれ、すみつかり、つむづかり。地域ごとに呼び方が違い、栃木は「しもつかれ」、茨城・群馬は「すみつかれ」、福島の南会津では「つむづかり」になる。


07どこで買えるか
季節限定の惣菜なので、通年で手に入るものではない。二月前後に栃木県内および北関東の一部スーパーに並ぶ。大関商店のしもつかれが380円前後。
日光市の浜亀は冷凍300グラムを580円(税込)で出している。栃木市のかねふくストア、道の駅ばとうのレストランでも扱われることがある。道の駅うつのみや ろまんちっく村では「しもつかれ汁」といった形で提供される年もある。
作り手によって味がまるで違う料理なので、できれば複数の店のものを食べ比べたい。七軒の言い伝えは、そういう意味では合理的な助言でもある。


08いま、しもつかれが動いている
この十年ほど、しもつかれをめぐる状況が変わってきた。中心にいるのが「しもつかれブランド会議」である。ブランディングデザイナーの青柳徹氏が主導し、栃木市で月に一、二回、中学生から高齢者まで多世代が集まる。
やっていることは幅広い。しもつかれビスコッティなどの商品開発、パッケージのリブランディング、材料を作る農園の運営。メンバーの一人はクックパッドに130以上のアレンジレシピを投稿している。2025年1月に瓶詰めの「ご飯にかけるしもつかれ」が発表され、二月上旬から期間限定で売り出された。
二月には「しもつかれウィーク」がある。初午に合わせて日付が動き、二〇二三年は2月5日から11日、二〇二四年は2月4日から10日だった。料理・アート・デザイン・音楽とコラボして街をジャックする。道の駅日光では毎年二月に「全日本しもつかれコンテスト」が開かれている。
見た目で敬遠されてきた料理が、いま若い世代の手でデザインし直されている。


09豆知識
2007年、農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に、ちたけそばと並んで栃木県代表として選ばれている。
2017年11月、カルビーが「ポテトチップスしもつかれ味」を期間限定で売った。
2014年には短編映画『しもつかれガール』(谷村美月主演)が公開された。栃木青年会議所55周年の事業である。
森高千里の「ロックンロール県庁所在地」の歌詞に、しもつかれが出てくる。
塩原温泉郷には、語呂合わせのご当地グルメ「しもつカレー」がある。
新潟県には、鮭のあらと鬼おろし大根と酒粕と味噌で作る「しょっから煮」というよく似た料理がある。関連があるのかどうかは分かっていない。
近くの棚から 日本のもう一品
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/江戸時代のしもつかれ.jpg / 日本水棲半翅類研究所 / CC BY-SA 4.0
- 02/江戸時代のしもつかれ1.jpg / 日本水棲半翅類研究所 / CC BY-SA 4.0
- 03/Japanese kasujiru 2014.jpg / Kentin / CC BY-SA 3.0
- 04/Central Utsunomiya, southeast side.jpg / Miyuki Meinaka / CC BY-SA 4.0
- 05/Momiji oroshi.jpg / Jun OHWADA / CC BY 2.0
- 06/油揚げ.jpg / Northwalker / CC0
- 07/Sake Kasu.JPG / BrianAdler / Public domain
- 08/Japanese Sakekasu.JPG / DryPot / CC BY-SA 3.0
- 09/Fox Statue at the Inari Shrine at Hasedera, Kamakura.jpg / Ethan Doyle White / CC BY-SA 4.0
- 10/20181110 Fushimi Inari shrine 3.jpg / Balon Greyjoy / CC0
- 11/Inagi2005-9.jpg / No machine-readable author provided. Kinori assumed (based on copyright claims). / Public domain
- 12/Seimeidai of Utsunomiya Castle, July 2021.jpg / Miyuki Meinaka / CC BY-SA 4.0
- 13/Nikko toshogu shrine.jpg / Koichi Sato / CC BY-SA 4.0
- 14/Abura-age.jpg / Pieria(Uploader and Photographer) / Public domain
- 15/Locator Map of Utsunomiya in Tochigi Prefecture.png / user:alberth2 / Copyrighted free use
- 16/Straw of the rice.08Oct9.jpg / 池田正樹 (talk) masaki ikeda / Public domain
- 17/Ashikaga Flower Park, Tochigi Prefecture; May 2019 (07).jpg / 雷太 / CC BY 2.0
写真の出典
本文中の写真はすべてWikimedia Commonsより。各画像のライセンスは以下のとおりです。
0 江戸時代のしもつかれ.jpg/日本水棲半翅類研究所/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
1 江戸時代のしもつかれ1.jpg/日本水棲半翅類研究所/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
2 Sake Kasu.JPG/BrianAdler/Public domain/Wikimedia Commons
3 Japanese Sakekasu.JPG/DryPot/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons
4 Japanese kasujiru 2014.jpg/Kentin/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons
5 Momiji oroshi.jpg/Jun OHWADA/CC BY 2.0/Wikimedia Commons
6 油揚げ.jpg/Northwalker/CC0/Wikimedia Commons
7 Abura-age.jpg/Pieria(Uploader and Photographer)/Public domain/Wikimedia Commons
8 Fox Statue at the Inari Shrine at Hasedera, Kamakura.jpg/Ethan Doyle White/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
9 20181110 Fushimi Inari shrine 3.jpg/Balon Greyjoy/CC0/Wikimedia Commons
10 Inagi2005-9.jpg/No machine-readable author provided. Kinori assumed (based o/Public domain/Wikimedia Commons
11 Straw of the rice.08Oct9.jpg/池田正樹 (talk) masaki ikeda/Public domain/Wikimedia Commons
12 Central Utsunomiya, southeast side.jpg/Miyuki Meinaka/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
13 Seimeidai of Utsunomiya Castle, July 2021.jpg/Miyuki Meinaka/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
14 Nikko toshogu shrine.jpg/Koichi Sato/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
15 Locator Map of Utsunomiya in Tochigi Prefecture.png/user:alberth2/Copyrighted free use/Wikimedia Commons
16 Ashikaga Flower Park, Tochigi Prefecture; May 2019 (07).jpg/雷太/CC BY 2.0/Wikimedia Commons
参考にした資料
農林水産省「うちの郷土料理」しもつかれ(栃木・茨城・群馬・埼玉・千葉)
文化庁 食文化ストーリー資料
とちぎふるさと学習
市場魚貝類図鑑「しもつかれ」
Wikipedia「しもつかれ」
しもつかれブランド会議
栃木県 知事表彰(しもつかれブランド会議)
ガジェット通信 実食記事
macaroni/カジル/にっぽんの観光事典
デリッシュキッチン「鬼おろし」
※現代のしもつかれの自由利用可能な写真が存在しないため、江戸時代のしもつかれを再現したもの、材料(酒粕・大根おろし・油揚げ)、稲荷神社や藁の写真で説明し、キャプションにその旨を明記しています。






