
アグィチム
아귀찜Spicy braised monkfish piled with bean sprouts, from Masan
赤いアンコウの身に、豆もやしとミナリ。アグィチムは、魚を辛い味で野菜とまとめる料理だ。馬山の食堂街、干した魚と生の魚を使う違いを知ると、豪快な皿にも土地の歴史が見えてくる。
赤い魚の間に、
長い豆もやし。
アンコウの料理の山を作るのは、魚だけではない。豆もやしとミナリをたっぷり合わせる皿には、港の魚を町の食堂の料理へ変える仕事がある。
アグィはアンコウ。チムは蒸す、煮るなどの調理の名に使われるが、この料理は赤い味付けで魚と野菜をまとめた姿が特徴。大きな皿に豆もやしが山になり、その下や間に魚の身が見える。
韓国観光公社の料理紹介には、唐辛子やにんにく、ミナリを使う型がある。魚を主役としても、野菜が少量の飾りではない。もやしの量、ミナリの長さ、魚の切り身が同じ皿の中で別の食感を作る。

赤い味をまとったアンコウの身。 写真の出典
1960年代の食堂から、
名物の通りへ。
馬山のオドンドンには、アグィチムの食堂が集まる通りがある。観光公社は、1960年代に魚を発酵した調味料や豆もやしと合わせる食堂が現れ、漁業に関わる人々などに親しまれて店が増えた背景を紹介する。
名物の通りは、料理が一軒の外へ広がった姿でもある。ある一皿の発明だけで終わらず、同じ地域の別の食堂が作り続けることで、魚の料理が街を代表するものになる。料理名と通りの名を合わせて知ると、産地の魚と町の商売がつながる。

魚と長い野菜を合わせた皿。 写真の出典
乾かして使う馬山の型と、
生の魚の型。
観光公社の郷土料理案内は、馬山で干したアンコウを使う型と、釜山で生のアンコウを使う型を区別する。全ての馬山の店が干した魚だけを使うという意味ではなく、素材の扱いに異なる系統があるという話として知りたい。
干す工程を挟むと、同じ魚でも食感が変わる。漁港の魚を新鮮なうちに食べる方法だけでなく、乾かしてから調理する方法が名物の一つになっている。魚の名前が同じでも、皿に来るまでの時間と工程は同じではない。

豆もやしとアンコウの切り身。 写真の出典
アンコウより高く、
もやしが山になる。
かさを増すだけではなく、
噛む形を作る。
写真には、豆もやしが魚を覆うほど多い皿もある。長い茎と豆の部分では歯触りが違い、魚のやわらかな身とも異なる。魚の赤いソースをまとった野菜を一緒に食べることで、皿の食感に変化が生まれる。
ミナリの緑色は、赤い皿の中でも形が見える。唐辛子の色だけで辛さの強さを判定するより、魚と長い野菜がどれだけ混ざっているかを見比べる方が、料理の組み立てを知れる。野菜の多さもアグィチムの姿の一部である。

アンコウを野菜と盛ったアグィチム。 写真の出典
汁を飲む器とは、
魚への絡み方が違う。
アグィチムの写真では、赤い味が魚と野菜の表面に絡む。ユッケジャンのように汁を張ったスープとは、食べる動作が違う。魚と野菜を箸で取り、同じ味をまとった具として食べる皿になる。
白い皿と黒い鍋に盛る型では、料理の輪郭も変わる。接写では魚の身や赤い照りを見られ、全体の写真ではもやしの山の量が分かる。大きな魚の料理を知るときは、断片の身と盛り付け全体を両方見ると面白い。

豆もやしを山に盛った型。 写真の出典
骨のある魚を、
肉料理とは別に食べる。
アンコウの切り身は、均一な角切り肉とは違う。魚の部分によって形や厚みが異なり、もやしの山の中から取り出すと、一切れずつ別の姿をしている。魚の身と野菜を同じようにまとめて口へ運ぶ前に、切り身の形を見たい。
もやしの山の下から、大きなアンコウの切り身が現れる。野菜が多い皿であっても、魚を煮る仕事が中心にあるという関係が分かる。

白い皿へ盛ったアンコウの料理。 写真の出典
同じ魚の名物にも、
乾燥と鮮魚の歴史。
馬山の食堂街と釜山の郷土料理を並べると、魚の使い方の違いを知れる。漁港の食材は、採れる場所だけでなく、保存し、調理し、食堂で出す方法によって名物になる。干したアンコウの型は、その過程を考えるよい例である。
赤い皿の迫力だけで終わらず、魚が生の状態から来るのか、干す工程を挟むのか、もやしとミナリをどう合わせるかを見る。アグィチムは、辛い魚料理という短い説明の奥に、港と食堂の仕事を持つ料理だ。

アグチムの店が並ぶ楽園洞の通り。 写真の出典
魚の切り身と、
野菜の長さを合わせる。
豆もやしの茎は、魚の切り身よりずっと細い。長い野菜と大きな身を同じ赤い味へまとめると、やわらかな魚だけが続く食べ方ではなくなる。野菜が料理の量感と歯触りの大きな部分を作る。
ミナリの葉と茎は、豆もやしとも違う形をしている。赤い皿の中に緑が残る写真を見れば、辛味の調味料だけが料理の香りではないことが分かる。魚と複数の野菜が、一つの料理の中に別の形を残す。
全体の盛り付けで野菜の量を知り、接写で魚の身を知ると、大きな皿の主役をつかめる。もやしが多くても魚の料理であり、魚が入っていても野菜は単なる飾りではない。この二つが同時に成立する料理である。

もやしと切り身を盛った大皿。 写真の出典
干す工程が、
魚を別の食感へ変える。
馬山の干したアンコウの型は、魚を新鮮なまま調理する以外の道を伝える。保存や乾燥の仕事を挟むと、同じ魚でも食べる身の状態が変わる。釜山の生の魚を使う型と並べることで、その違いを知れる。
浦項のクァメギも魚を乾かすが、最後は切って葉などへ包む。アンコウは赤い野菜の皿へまとめる。乾燥という共通の仕事があっても、最後の加熱と食べ方が料理を分ける。海の食材を名物にする工夫は、一つの保存法だけでは終わらない。

釜山の食堂で出されたアグチム。 写真の出典
基本情報
- 国・地域
- 韓国。慶尚南道の馬山(オドンドンの食堂街)、釜山など
- 分類
- アンコウを豆もやし、ミナリと赤い味でまとめる辛い魚料理
- 主な材料
- アンコウ(干したもの、または生)、豆もやし、ミナリ(せり)、唐辛子、にんにく
- 味の軸
- 唐辛子の赤い辛味。魚を発酵した調味料を合わせた背景も紹介される
- 調理
- 魚を煮て、豆もやしとミナリを赤い味でまとめ、大皿に山に盛る
- 食べる場面
- 馬山の名物通りの食堂。魚と野菜を箸で取り、同じ味をまとった具として食べる
- 型・地域差
- 馬山の干したアンコウを使う型と、釜山の生のアンコウを使う型
- 現地名
- 아귀찜(Agwi Jjim)
- 記録・注記
- 1960年代に馬山で魚を発酵調味料や豆もやしと合わせる食堂が現れ、店が増えたと観光公社が紹介
出典
写真(10枚)
- 1. アンコウと豆もやしを赤い味付けでまとめたアグィチム。 / stu_spivack (a flickr user) / CC BY-SA 2.0 / 原典。表示時に明るさを調整。
- 2. 赤い味をまとったアンコウの身。 / by stuart_spivack (flickr) / CC BY-SA 2.0 / 原典。表示時に明るさを調整。
- 3. 魚と長い野菜を合わせた皿。 / stu_spivack / CC BY-SA 2.0 / 原典。表示時に明るさを調整。
- 4. 豆もやしとアンコウの切り身。 / Mar del Este / CC BY-SA 4.0 / 原典。表示時に明るさを調整。
- 5. アンコウを野菜と盛ったアグィチム。 / stu_spivack / CC BY-SA 2.0 / 原典。表示時に明るさを調整。
- 6. 豆もやしを山に盛った型。 / Nuyos ( talk ) ( Uploads ) / Public domain / 原典。表示時に明るさを調整。
- 7. 白い皿へ盛ったアンコウの料理。 / lazy fri13th / CC BY 2.0 / 原典。表示時に明るさを調整。
- 8. アグチムの店が並ぶ楽園洞の通り。 / Korea Tourism Organization / 公共누리 第1類型(KOGL Type 1) / 原典。
- 9. もやしと切り身を盛った大皿。 / Mar del Este / CC BY-SA 4.0 / 原典。
- 10. 釜山の食堂で出されたアグチム。 / michaelseangallagher / CC BY-SA 2.0 / 原典。
写真は各原典で作者とライセンスを確認したものです。すべてサイト内に取り込み、本文では明るさ・彩度を控えめに補正して表示します。


