世界の料理図鑑 モロッコ
クスクス
كسكس セクス/クスクス Couscous
パスタでも米でもありません。手で転がして粒にした小麦です。金曜の昼、家族はこの皿を囲む。
クスクスはデュラム小麦のセモリナを手で転がして粒にしたもの。麺ではなく、粒状の穀物加工品です。
口に入れるとまず穀物そのものの淡い甘さ。そのあとに上からかけたブイヨンの塩気が来る。辛くはありません。辛味は別皿のハリッサで自分で足します。
食感は「もちもち」ではなくふわっと軽く、口の中でほろほろ崩れる。蒸したての粟に近い。この軽さは、二度三度と蒸し直すことで生まれます。
- 国・地域
- モロッコ全土。アルジェリア、チュニジア、モーリタニアにも同系
- 分類
- 粒状の穀物(蒸しもの)
- 相場
- 50〜180ディルハム(約860〜3,100円)
- 主な材料
- デュラム小麦のセモリナ。上に7種の野菜、ひよこ豆、羊または鶏。サフラン、ジンジャー、シナモン
- 辛さ
- 辛くない。ハリッサを別皿で添えて自分で足す
- 食べる場所
- 金曜の食堂と家庭。観光客向けの店なら毎日出す
- ベスト時間
- 金曜の正午すぎ。礼拝のあと
- 一人前の目安
- 大皿を数人で囲む。一人前で頼むと山盛りで出てくる
- 食べ方
- 右手で少量つまみ、手のひらで小さく丸めて口へ。スプーンも可
- 近い料理
- セッファ(甘い版)、モーリタニアのマブルーム
01一口目に来るもの
大皿が運ばれてくると、まず山の形に驚きます。中央にクスクスを盛り上げ、その斜面に野菜を立てかけ、頂上に肉を置く。
最初のひと口は、思ったより味が薄い。粒そのものは穀物の淡い甘さしかありません。だから上からブイヨンをかける。かけた瞬間に、皿の温度と香りが変わります。
粒はほろほろと崩れます。指で押すとつぶれるくらいやわらかいのに、べたつかない。この状態を作るために、モロッコの家庭では二回も三回も蒸し直します。
そこにトファヤ(飴色に炒めた玉ねぎとレーズン)が載っていると、話が変わる。はっきりと甘い。デーツのような甘さとシナモンが、塩気のあるブイヨンの上に重なります。

02なぜ二度も三度も蒸すのか
道具はクスクシエ(ベルベル語でタセクスト)という二段の蒸し器です。下段で肉と野菜のシチューを煮て、その蒸気で上段のクスクスを蒸す。
つまり蒸気が味を運ぶ。蒸すたびに、下で煮ている出汁の香りが粒にしみていきます。
一度蒸したら広げてほぐし、水と油を手で揉み込んで、また蒸す。これを2〜3回くり返す。全体で数時間かかります。
伝統的には蒸し器の合わせ目を布や小麦粉のペーストで目張りして、蒸気を一滴も逃がさないようにしていました。
失敗の原因はだいたい三つ。一度しか蒸さずにダマになる、水を入れすぎて粥になる、蒸気が横から抜けている。


インスタントは別物です
日本のスーパーで売っている、熱湯を注いで5分のクスクス。あれは近代の工業製品で、現地の手作りとは別のものです。
悪いという話ではありません。ただ、あの粒の軽さと出汁の入り方は、蒸し器を使わないと出ない。モロッコで食べたクスクスが違って感じたら、それは気のせいではないということです。



第 二 章
金 曜 の 大 皿
礼拝のあと、家族が集まって数時間かけて食べる
03金曜のクスクス
モロッコでクスクスは、金曜日の料理です。
金曜正午の礼拝(ジュムア)のあと、家族が集まって大皿を囲む。イスラム圏の週末の中心行事で、食事は数時間続きます。ヨーロッパの「日曜のロースト」に相当する習慣だと思ってください。
だから金曜以外はメニューに載せない店もある。旅行者向けの店なら毎日ありますが、地元の食堂で本物を食べたいなら金曜に行く。
伝統的な食べ方は、右手で少量つまみ、手のひらの中で小さな団子に丸めて口に運ぶ。慣れるまではスプーンで構いません。
ブイヨンは全体に混ぜません。各自が自分の取り分に少しずつかける。大皿は共有で、他人の正面には手を出さない。


クスクスの生産と消費に関する知識・技術・慣行2020年12月、アルジェリア・モーリタニア・モロッコ・チュニジアの4か国共同でユネスコ無形文化遺産に登録された名称
04種類を並べてみる
「クスクス」と一言でいっても、上に何が載るかで別の料理になります。



05いくらで食べられるか
タジンより少し高いことが多い。手間と時間がかかるからです。
06どこで食べるか
金曜に地元の食堂へ行くのが最短ルートです。それ以外の曜日だと、そもそも作っていない店がある。
フェズ:トファヤの本場。イシュクが125ディルハムから。
マラケシュ:ラ・グランド・ターブル・マロケーヌは75ディルハムから。アル・ファシアも定番です。
エッサウィラ:ダール・ババで魚のクスクスを。港町ならではの軽いブイヨンです。


07起源はどこか
ベルベル(アマジグ)起源が定説です。根拠は言語です。カビール語やリーフ語で「セクス」、サハラ系で「ケスケス」。ベルベル語圏全域に語形が分布していることが、外から入ったのではなく在地で生まれたことを示しています。
考古学の証拠もある。モーリタニア南部ティシット文化の遺跡から、紀元前700〜400年のクスクス蒸し器らしき遺物が出ています。カビリーの紀元前3世紀の墓、アルジェリア・ティアレットの9世紀の調理器具も。
ただし「数千年前」以上の精度では分かっていません。古代ヌミディア王マシニッサ(紀元前2世紀)の時代までさかのぼるという説もありますが、確証はない。
文字に残る最古の記録は13世紀。アイユーブ朝の料理書にレシピが3件確認されています。14世紀にはイブン・バットゥータが、ニジェール川流域でフォニオ(雑穀)製のクスクスを記録しました。
08豆知識
ユネスコに登録されたのは「料理」ではない。2020年に登録されたのは「クスクスの生産と消費に関する知識・技術・慣行」です。誰の料理かで長年もめていた4か国が、共同申請という形で決着させました。政治的に対立している国どうしが手を組んだ例として評価されています。
エジプトのクスクスは甘い。砂糖・シナモン・ココナッツ・干しぶどう・ナッツをかけて、朝食かデザートとして食べます。同じ名前でジャンルが変わる。
「パスタの一種」という説明は正確ではない。セモリナを手で転がして粒にするので、製法上は麺よりも粒状の穀物加工品に近い。日本語の感覚でいえば、麺というより「作った粒」です。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Couscous Marocain.jpg / Cpgeoujda / CC BY-SA 4.0
- 02/Moroccan food-08.jpg / Jon Lean / CC BY-SA 2.0
- 03/Couscous Royal Marocain.JPG / moncif ait ahmed / CC BY-SA 4.0
- 04/Le Couscous marocain.JPG / Moncif Ait Ahmed / CC BY-SA 4.0
- 05/Couscous marocain 2014.JPG / moncif ait ahmed / CC BY-SA 4.0
- 06/Couscous 007.jpg / Arnaud 25 / CC BY-SA 4.0
- 07/Couscous 009.jpg / Arnaud 25 / CC BY-SA 4.0
- 08/Couscous 010.jpg / Arnaud 25 / CC BY-SA 4.0
- 09/Moroccan couscous of tfaya.jpg / Samarrows / CC BY-SA 4.0
- 10/Couscous 001.JPG / Arnaud 25 / CC BY-SA 3.0
- 11/Couscous 002.JPG / Arnaud 25 / CC BY-SA 3.0
- 12/Couscous Moroc.JPG / Iasalarzai / CC BY-SA 4.0
- 13/Couscous aux légumes.jpg / EL HALLABI Mehdi / CC BY-SA 4.0
- 14/Couscous marocain et leben.jpg / Soumassa / CC BY-SA 4.0
- 15/Couscous of Fes.JPG / Beata Gorecka / CC BY-SA 3.0



