世界の料理図鑑 エチオピア
ドロワット
ዶሮ ወጥ ドロ・ワット Doro wat
年に180日、肉を断つ国。その断食が明ける日にいちばん最初に出てくるのが、この赤い鍋だ。
エチオピアとエリトリアの国民食とされる煮込み。ドロはアムハラ語で鶏、ワットは煮込みのことです。
ひと口目は濃厚な玉ねぎの甘み。その直後にベルベレの辛さが舌の奥から遅れて立ち上がってきます。
驚くのはとろみに小麦粉も生クリームも使っていないこと。玉ねぎを油なしで延々と炒って崩しただけで、あの濃度になります。
- 国・地域
- エチオピア、エリトリア
- 分類
- 煮込み(鶏+ゆで卵)
- 相場
- 120〜1,108ブル(約120〜1,100円)
- 主な材料
- 鶏、ゆで卵、大量の玉ねぎ、ベルベレ、ニテル・キベ(香辛料入り澄ましバター)、生姜、ニンニク
- 辛さ
- 辛い。遅れて来るタイプの辛さ
- 食べる場所
- エチオピア全土。祝祭日は必ず出る
- ベスト時間
- ファシカ(復活祭)とゲナ(降誕祭)の断食明け
- 一人前の目安
- 大皿を数人で共有
- 食べ方
- 右手でインジェラをちぎってつまむ。卵は賓客に譲る
- 近い料理
- シガ・ワット(牛肉版)、ドロ・アリチャ(辛くない版)
01一口目に来るもの
赤い。真っ赤ではなく、油の膜がかかった錆色の赤です。表面にゆで卵が沈んでいる。
ひと口目は、意外にも甘い。玉ねぎの甘みです。そのあとにニテル・キベの香り——生姜とニンニクを効かせた澄ましバターの匂いが鼻に抜ける。
辛さは遅れて来ます。ベルベレの辛さは舌の先ではなく奥のほうから、じわっと上がってくる。だから最初のひと口では油断する。
鶏は骨からほろりと外れるまで煮込まれていて、ほろほろ。ゆで卵はソースを吸って、白身がねっとりした口当たりに変わっています。
そしてインジェラの酸味がそこに重なる。辛さと酸味の掛け合わせが、この一皿の体験の核です。

02とろみの正体は玉ねぎだけ
ドロワットの技法で決定的なのは、玉ねぎを油なしの乾いた鍋で長時間から炒りすることです。
水分が飛んでから油脂を加えると、玉ねぎが完全に崩れてソースそのものになる。とろみは小麦粉でもクリームでもなく、崩れた玉ねぎです。
調理時間は情報源によって差があります。英語版ウィキペディアは「約10時間」、料理サイトでは「玉ねぎだけで約1時間、全体で約3時間」。いずれにせよ、短時間ではできません。
失敗の理由は二つ。玉ねぎの炒め不足でソースが水っぽくなること。そしてベルベレの生焼けで粉っぽく苦くなること。ベルベレを入れてから30分以上は煮ます。


ベルベレとニテル・キベ
エチオピア料理の味は、この二つでほぼ決まります。
ベルベレは唐辛子を主体に、カルダモン、フェヌグリーク、コリアンダー、クローブ、生姜、ナツメグ、クミン、オールスパイスを合わせた香辛料。市場では自分の配合で挽いてもらいます。
ニテル・キベは生姜とニンニク、香辛料を効かせた澄ましバター。日本でいえば「香味油」に近い立ち位置で、これがエチオピア料理の匂いの正体です。



第 二 章
断 食 が 明 け る 日
年間180日の断食のあとに、この鍋が出てくる
03年に180日、肉を断つ
エチオピア正教の信徒は年間180日断食します。聖職者は最大252日。断食中は肉・乳製品・卵が禁止され、午後3時まで飲食しません。
大斎(アビイ・ツォム)は復活祭前の55日。降誕祭前の断食は40日。加えて毎週水曜と金曜。
だからファシカ(復活祭)とゲナ(降誕祭)の断食明けに出てくるドロワットには、日本人の想像を超えた重みがあります。
「ごちそう」という言葉の意味が、断食のある国では違う。肉が戻ってくる日の一皿です。
鶏を12片に切り分けるのは十二使徒を表す、という説が広く語られます。ただしこの象徴の由来を裏づける一次資料は確認できていません。


小麦粉も生クリームも使わない。玉ねぎだけで、あのとろみになる。ドロワットの作り方でいちばん驚かれる点
04種類を並べてみる
「ワット」は煮込み全般を指す言葉なので、中身で名前が変わります。


05いくらで食べられるか
1ブル≒1円なので、数字をそのまま円だと思って読めます。
ただし価格の情報源による差が大きい。ローカル層は媒体によって2〜3倍違います。宅配プラットフォームの価格には上乗せが含まれる可能性もある。
06どこで食べるか
アディスアベバ:ハヤフレット地区のウォインシェット・ドロはドロ専門店です。ヨド・アビシニア(ボレ)、2000ハベシャ(ボレ・アトラス)、アズメラ・シロ(ボレ)も定番。
ボレ地区には家庭の作り手が勝手口でドロワットを売る文化があります。店より安く、味は家ごと。
ゴンダール:ザ・フォー・シスターズ・レストラン。ラリベラ:ベン・アベバ。
断食日には出ません。看板に「ツォム」と出ていたら、その日のメニューは全部精進です。

07豆知識
とろみに粉を使わない。玉ねぎを乾いた鍋で炒って崩すだけ。この一点だけでも、ドロワットは作ってみる価値があります。
断食が年間180日あるから、肉料理が「ごちそう」であり続けている。年の半分肉を食べない国で、肉の一皿がどれだけ特別か。構造的な理由がここにあります。
エチオピア系ユダヤ人はバターを使わない。コーシャの乳肉分離を守るため、同じ料理を植物油で作った「サンバット・ワット」にしました。同じ国に、同じ料理の二つの版がある。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Ethiopian wat.jpg / stu_spivack / CC BY-SA 2.0
- 02/Injera and doro wat.jpg / Edsel Little / CC BY-SA 2.0
- 03/Injera and doro wat – 49337093131.jpg / Edsel Little / CC BY-SA 2.0
- 04/Addis-Abeba-Cuisine éthiopienne (15).jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 3.0
- 05/Addis-Abeba-Cuisine éthiopienne (13).jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 3.0
- 06/Addis-Abeba-Cuisine éthiopienne (9).jpg / Ji-Elle / CC BY-SA 3.0
- 07/Grilled meat, Addis Ababa.jpg / Pgallert / CC BY-SA 4.0
- 08/Ethiopian fasting platter.jpg / Jbinthecity / CC0
- 09/Ethiopian dish.jpg / Johnerick89 / CC BY-SA 4.0
- 10/Anjeera.jpg / Adanayla / CC BY-SA 4.0
- 11/Ethiopia most popular food.JPG / Yjohny / CC BY-SA 4.0




