世界の料理図鑑 エジプト
モロヘイヤ
ملوخية ムルーキーヤ Molokhia
カリフが禁じた。1009年と1014年、売った者は鞭打たれた。その禁令を今も守る宗派がある。
日本のスーパーでも見かけるモロヘイヤ(シマツナソ)の葉を、極細に刻んで鶏のスープで煮たもの。エジプトの家庭料理です。
ひと口目は強烈な粘り。オクラや納豆に近いが、より糸を引かず「とろり」と重い。ここに耐えられるかで好悪が分かれます。
味の主役は葉そのものではなくタシャ——ニンニクとコリアンダーを炒めた香味油。器に注いだ瞬間の「ジュッ」という音とともに立ち上る香りが、この料理の核心です。
- 国・地域
- エジプト全土。中東・北アフリカに同系
- 分類
- スープ(葉物)
- 相場
- 50〜150エジプトポンド(約161〜482円)
- 主な材料
- モロヘイヤの葉、鶏/兎/牛のスープ、タシャ(ニンニク+コリアンダー+ギー)、塩
- 辛さ
- 辛くない
- 食べる場所
- 家庭料理。レストランで探すのが確実
- ベスト時間
- 金曜の家族の昼食、祝祭日、ラマダンのイフタール
- 一人前の目安
- 器一杯。ご飯にかける
- 食べ方
- 白いご飯にかけるか、エーシュ・バラディに浸して
- 近い料理
- ナイジェリアのエウェドゥ、レバント式ムルーキーヤ、チュニジア式ムルーキーヤ
01一口目に来るもの
器の中で、濃い緑色の液体がとろりと動きます。表面に油が浮き、刻んだ葉が均一に散っている。
ひと口目は強烈な粘りです。オクラや納豆に近いのですが、糸は引かない。もっと重く、なめらかに喉を通っていく。
味の主役は葉ではありません。タシャ——ニンニクのみじん切りとコリアンダーパウダーをギーで炒めた香味油——です。器に注いだ瞬間の「ジュッ」という音とともに、香りが立ち上がる。
葉自体は青くほろ苦く、わずかに草っぽい。塩気は鶏や兎のスープから来ます。
食感にざらつきがあってはいけない。粗く刻みすぎると繊維が舌に残る。それは失敗の兆候です。

02タシャを最後に入れる
モロヘイヤの作り方で最も重要なのはタシャの工程です。
ニンニクのみじん切りとコリアンダーパウダーをギーまたは油で別鍋で炒め、完成直前のスープに、まだジュージューいっている状態で注ぎ込む。この「音を立てて注ぐ」ことが儀式的に重視されます。
葉は極細に刻む。伝統的にはマハラタという両手持ちの半月刀を使います。
失敗の理由は五つ。煮すぎ(葉を入れたら数分。長く煮ると粘りが分離し、葉が沈んで色がくすむ)。沸騰させ続ける。タシャを先に入れる(香りが飛ぶ。必ず最後)。葉の刻みが粗い。スープが薄い。


1004年、カリフが禁じた
この料理には実在の禁令の歴史があります。伝説ではありません。
ファーティマ朝カリフ・ハーキムが1004年(一部資料では1005年)にモロヘイヤを禁じました。歴史家ポール・E・ウォーカーが、中世エジプトの歴史家マクリーズィーの記録に基づいて論じています。
理由については二つの伝承があります。史料に近いのは政治的・宗教的理由——モロヘイヤがウマイヤ朝初代カリフ・ムアーウィヤ(シーア派にとっての宿敵)の好物だったため、シーア派のファーティマ朝が禁じた、というもの。通俗説では「催淫作用があると考えられたため」とされますが、こちらは一次史料から遠い。
禁令は実際に執行されました。1009年と1014年、モロヘイヤを売った者たちが鞭打たれ、市中引き回しにされた記録があります。
後継のカリフ・ザーヒルが禁令を解除しました。ただしハーキムを準神格的存在とみなすドゥルーズ派は、現在に至るまでモロヘイヤを一切食べません。1000年前の禁令が、今も守られている。
第 二 章
畑 の シ マ ツ ナ ソ
もともとはジュート(黄麻)を取る植物でもある
03「王の食べ物」という語源は怪しい
「ملوخية はアラビア語の مَلِك(マリク=王)に由来し、『王の食べ物』を意味する」という説が広く流布しています。
これは民間語源の可能性が高い。この植物名は古代エジプト語やギリシア語(μαλάχη)など、アラビア語より古い地中海世界の諸言語に見られます。アラビア語の「王」から派生したとは考えにくい。
植物学的にはCorchorus olitorius(シマツナソ/英名 jute, Jew’s mallow)の葉です。ジュート(黄麻)を取る植物と同じ。
起源については多くの研究者が古代エジプトに求めています。中世アラブ料理としては14世紀のアラビア語文献に記録があり、少なくともこの時期には確立していました。



1000年前の禁令を、ドゥルーズ派は今も守っている。料理が宗教的アイデンティティの境界線になっている稀有な例
04種類を並べてみる
何のスープで煮るか、葉をどう扱うかで別の料理になります。



05いくらで食べられるか
屋台料理ではありません。家庭料理としての位置づけが強く、レストランで探すのが確実です。
06どこで食べるか
カイロ:フェルフェラ(ダウンタウン)は観光客が伝統的なモロヘイヤを試しやすい老舗です。アブー・エル・シッド(ザマレク)などの伝統エジプト料理レストランも。
アレクサンドリア:海鮮版(エビ入り)を出すシーフード店。
ルクソール:ソフラ。伝統的な家庭料理を出す店として定評があります。
食べ方は、白いご飯(バーミセリ入りの米)にかけるか、エーシュ・バラディに浸して。レモンを絞り、酢漬け玉ねぎを添えるのがエジプト式です。
金曜の家族の昼食、祝祭日、そしてラマダンのイフタールの定番。水分と塩分の補給に適しているためです。


07豆知識
ドゥルーズ派は1000年前のカリフの禁令を今も守り、モロヘイヤを一切食べない。料理が宗教的アイデンティティの境界線になっている、稀有な例です。
「王の食べ物」という語源説は民間語源の可能性が高い。この植物名はアラビア語より古いエジプト語・ギリシア語に遡ります。
ナイジェリアのヨルバ族にも同じ植物の料理がある。「エウェドゥ」と呼ばれ、粘りも同様。アマラ(芋の練り物)と食べます。アフリカ大陸を縦断する「粘る葉」の文化圏が存在しているわけです。
写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。
- 01/Molokheya hi res.JPG / Yosi I / CC BY 2.5
- 02/ملوخية بالدجاج.jpg / Emna Mizouni / CC BY-SA 4.0
- 03/ملوخيه مصرى.jpg / مصطفى الشربجى / CC BY-SA 4.0
- 04/Molokheya Egypt, 2012.JPG / Habib M’henni / CC BY-SA 3.0
- 05/"Arya" molokhia Corchorus olitorius Pilangsari 2019 1.jpg / Aris riyanto / CC BY-SA 4.0
- 06/Corchorus olitorius (3).JPG / Prenn / CC BY-SA 3.0
- 07/Muluchiya pflanze2020.jpg / Asteroidenbergbauer / CC0
- 08/Bai po.JPG / Takeaway / CC BY-SA 3.0
- 09/Molokhia 2.JPG / Showshow777 / CC BY-SA 4.0
- 10/Molokhia.JPG / Showshow777 / CC BY-SA 4.0
- 11/Boy hawking Ewedu on the streets of Kwara, Nigeria.jpg / Danidamiobi / CC BY-SA 4.0
- 12/-ꦮꦶꦗꦶꦭ꧀ ꦩꦸꦭꦸꦑꦶꦪꦃ-biji molokhia-Pilangsari-2019.jpg / Aris riyanto / CC BY-SA 4.0






