
ヴァニーユ・ブルボン
Vanille Bourbon
12歳の少年の指先から始まった、島の香り
島の東側、ブラ・パノンのあたりに入ると、道路脇の林がすこし変わる。木の幹に蔓が巻きついて、日よけのネットの下にトンネルのような通路ができている。これがバニラの畑だ。木に絡ませて育てるので、畑というより林に見える。
バニラはランの一種で、原産はメキシコ。19世紀初めにこの島(当時のブルボン島)に持ち込まれたが、長いあいだ実がならなかった。原産地にいる送粉者の昆虫がいないからだ。花は朝の数時間しか開かず、その間に受粉しなければその日は終わってしまう。
1841年、この島で暮らしていた12歳の少年エドモン・アルビウス(Edmond Albius)が、細い棒を使って花の中の膜を持ち上げ、人の手で受粉させる方法を見つけた。この手順がそのまま広まり、いまも世界中のバニラは基本的に同じやり方で人の手で受粉されている。サン・ドニの植物園には、彼の胸像が立っている。
収穫した莢は、そのままでは香らない。熱湯にくぐらせ(échaudage)、蒸らして発汗させ(étuvage)、それから何か月もかけて乾かす(séchage)。この工程を経てはじめて、あのバニラの香りが出てくる。手間の量が、そのまま値段になっている。
現在は「Vanille de La Réunion」がIGP(地理的表示保護)として登録されていて、乾燥バニラ(sèche)、フレッシュ(fraîche)、ジヴレ(givrée)の3つの形が対象になっている。
乾いた莢を見る

収穫したての緑の莢竹かごに山盛りになった乾燥バニラビーンズ(2004年撮影)
香りを見る
香り
甘いだけではない
バニリンの甘い香りが中心だが、良い莢はそのうしろに干し果実のような酸と、かすかな煙のような重さがある。ブルボン系のバニラはこの「厚み」で知られている。
手ざわり
しっとりして、曲がる
指で持つと油分を感じる。良い莢はしなやかで、軽く巻いても折れない。カラカラに乾いて割れるものは、香りも抜けている。
ジヴレ
表面に白い結晶が出る
バニリンの量が多い莢は、長い調整のあいだに表面に白い結晶が浮く。これをジヴレ(givrée/霜が降りた)と呼び、IGPの対象のひとつになっている。


莢になるまで
花は朝の数時間しか開かない。細い棒で花の中の膜(ずい柱の覆い)を持ち上げ、花粉を柱頭に押しつける。1841年にエドモン・アルビウスが見つけた手順が、いまも使われている。
1本ずつ、毎朝、人の手で行う
2受粉から8〜9か月ほどで莢が育つ。収穫したての莢は緑色で、切っても香りはほとんどしない。
この時点ではまだ「バニラの匂い」はない熱湯に短時間くぐらせて、莢の生きた組織の働きを止める。ここから香りを作る工程が始まる。
時間と温度は作り手の判断
4布や箱に包んで蒸らし、熱と水分を保ったまま置く。莢が黒く変わり、香りの成分が作られていく。
ブラ・パノンの協同組合など、共同の施設で行われることが多い
5天日と陰干しを繰り返して何か月もかけて乾かし、太さと長さ、しなやかさで選別して束にする。ここまでで1年近くかかる。
選別は最後まで手作業この香りの来歴
苗が島に入る
メキシコ原産のバニラの苗が、当時のブルボン島(現レユニオン)に持ち込まれる。しかし実がならない状態が続く。
アルビウスの受粉法
12歳のエドモン・アルビウスが、細い棒で花の膜を持ち上げて受粉させる方法を見つける。バニラが商品作物になる。
「ブルボン」の名が定着
島の旧名にちなむ「ヴァニーユ・ブルボン」の呼び名が、インド洋産バニラの呼称として広まる。
産地の中心が移る
マダガスカルなどが大産地になり、レユニオンの生産量は相対的に小さくなる。少量・高品質の産地という位置づけになる。
IGPとして登録
「Vanille de La Réunion」がIGP(地理的表示保護)に登録され、乾燥・フレッシュ・ジヴレの3形態が対象となっている。
バニラの値段の高さは、しばしば「希少だから」と説明されるが、実際には手数の多さがそのまま値段になっている。花は朝しか開かない。だから毎朝、人が畑を回って、1輪ずつ受粉させる。実がなったら収穫して、湯にくぐらせ、蒸らし、何か月も乾かして、最後に1本ずつ選ぶ。機械に置き換わっていない工程が、いまも大部分を占めている。
その中心にある受粉法を見つけたのが、この島で暮らしていた12歳の少年だったという事実は、島の歴史の語り方の中でも特別な位置にある。エドモン・アルビウスは奴隷の身分に生まれ、のちに解放されたが、発見の利益を受け取ることはなかったと伝えられている。サン・ドニの植物園にある胸像は、そのことを含めて記憶するために置かれている。
「ブルボン」はブランド名ではなく、島の旧名に由来する呼び方だ。そのため、レユニオン産だけを指すのではなく、インド洋地域産のバニラを広く指して使われることがある。レユニオン産であることを確かめたい場合は、IGPの表示や生産者の情報を見るのがいちばん確実になる。
島では、バニラは菓子だけのものではない。ラム酒に漬け込むロム・アランジェの定番の材料であり、鶏肉やアヒルの料理にバニラを使う調理法も知られている。莢を割いて種をこそげ、残った莢は砂糖の瓶に入れて香りを移す、という使い方も家庭的だ。
東海岸のブラ・パノン周辺には、バニラの栽培と加工にまつわる施設や見学のできる場所があり、蔓の育て方から乾燥の工程までを順に見られる。畑と加工場が同じ地域にあるので、1本の莢がどれだけの工程を経ているかが、歩きながら理解できる。


アルビウスの発見年(1841年)と受粉法の広まりは、島で広く語られている整理をもとに書いている。生産量や生産者数については、公式サイトに記載がないため本文では触れていない。
この香りの余話
12歳の発見者は、富も名声も受け取らなかった
エドモン・アルビウスは1829年8月9日、島の東サント・スザンヌで生まれた。早くに孤児になり、奴隷の身分だった。所有者のフェレオル・ベリエ=ボーモンに園芸と植物学を教わり、12歳のときにかぼちゃで使われていた手法を応用して、バニラの人工受粉法にたどり着いた。1848年の奴隷制廃止で自由になり、バニラの花の色にちなむラテン語 alba(白)から「アルビウス」の姓を名乗る。だが生涯を貧しいまま過ごし、1880年8月9日──51歳の誕生日に──富も栄誉もないまま亡くなった。
発見者を名乗る人が、ほかにもいた
受粉法が広まると、自分こそが発見者だと主張する人物が現れた。最終的にアルビウスの功績を裏づけたのは、かつての所有者ベリエ=ボーモンが書き残したものだったとされている。奴隷の身分にあった少年の発見が、記録として残ったのは、皮肉なことにその所有者の証言によってだった。サン・ドニのジャルダン・デタにある胸像は、その経緯ごと記憶するために置かれている。
この島は、いちど世界一のバニラ産地だった
受粉法が広まると、島の生産量はごくわずかな量から1850〜60年ごろに年1トン、次の10年で15トン、1880年代初頭には60トンまで伸び、世界一の産地になった。その後マダガスカルなどが大産地として台頭し、いまのレユニオンは「少量・高品質」の産地という位置づけになっている。世界のバニラを支えている受粉法の出どころが、いまや大産地ではないというのが、この島のバニラの立ち位置だ。
短い話
- 1花は朝の数時間だけ開くだから毎朝、人が畑を回って1輪ずつ受粉させる。この手数が、そのまま値段になっている。
- 2「ブルボン」はブランド名ではない島の旧名ブルボン島に由来する呼び方で、インド洋地域産のバニラを広く指して使われることがある。レユニオン産か確かめたいときはIGPの表示を見る。
- 3白い結晶はカビではないバニリンの量が多い莢は、長い調整の間に表面に白い結晶が浮く。これがジヴレ(givrée/霜が降りた)で、IGPの対象のひとつ。
- 4折れる莢は香りが抜けている良い状態のものは指で巻けるくらいしなやか。カラカラで割れるものは避ける。
- 5使った莢は捨てない種をこそげたあとの莢は、砂糖の瓶に入れて香りを移す。これは島に限らず広く行われている使い方。
- 6菓子だけのものではないラム酒への漬け込み、鶏やアヒルの料理にもバニラを使う調理法が知られている。

食べに行く前に
注文のことば
市場でも土産物店でも売っているが、産地と等級の表示は店によって差がある。しなやかさを確かめて選ぶのがいちばん分かりやすい。東海岸のブラ・パノン周辺には栽培と加工にまつわる見学施設がある。
値段と覚え書き
| 莢1本(市場・土産物店) | 3〜8€約500〜1,400円 |
| 莢の束(10本前後) | 25〜60€約4,400〜10,500円 |
| バニラ入りロム・アランジェ(1本) | 18〜35€約3,100〜6,100円 |
- 「ブルボン」は島の旧名に由来する呼び方。レユニオン産だけを指す言葉ではない
- しなやかで、指で巻いても折れないものが良い状態。カラカラのものは香りが抜けている
- 表面の白い結晶はカビではなくバニリンの結晶(ジヴレ)
- 使ったあとの莢は捨てずに、砂糖の瓶に入れて香りを移す使い方が一般的
- 持ち帰りは真空パックや密閉容器で。乾燥しきらないよう冷蔵庫の野菜室が向く
- 菓子だけでなく、ラム酒への漬け込みや鶏・アヒルの料理にも使われる
値段は2026年9月時点の目安。1€=約175円で換算。営業時間・価格は変わることがあるので、行く前に確認を。
参照資料
- Vanille de La Réunion IGP 公式サイト IGPの対象(sèche/fraîche/givrée)、échaudage・étuvage・séchage の工程
- Île de la Réunion Tourisme「Gastronomie」 島の産品としてのバニラの位置づけ
写真の出典(10枚)
写真は原典のライセンス(CC BY/CC BY-SA/CC0/パブリックドメイン)に従って掲載しています。作者名・ライセンス・原典リンクを1枚ずつ表示しています。
- ドラセナに巻きついて育つバニラの蔓のトンネル|B.navez/CC BY-SA 3.0/2006年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- 竹かご2つに山盛りになった乾燥バニラビーンズ|tirados joselito from Aix-en-Provence, France./CC BY 2.0/2004年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- 収穫したての緑のバニラを袋いっぱいに持ち込んだところ|Ekrem Canli/CC BY-SA 3.0/2015年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- 日よけネットの下で棚に絡ませて育てるバニラの蔓(ブラ・パノンのバニラ協同組合)|David Monniaux/CC BY-SA 3.0/2005年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- 木枠の上に広げて天日で乾かすバニラビーンズ|Ekrem Canli/CC BY-SA 3.0/2015年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- 作業台に束ねたバニラを並べて手作業で扱う男性(ブラ・パノンのバニラ協同組合)|mwanasimba/CC BY-SA 2.0/2008年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- 作業台の上で乾燥したバニラビーンズを選別する男性|tirados joselito from Aix-en-Provence, France./CC BY 2.0/2004年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- ブラ・パノンのバニラ協同組合で作業台のバニラを扱う女性たち|mwanasimba from La Réunion/CC BY-SA 2.0/2008年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- ブルボン島のコーヒー農園を描いた1800年ごろの絵画|Jean-Joseph Patu de Rosemont/Public domain/1800年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)
- バニラの人工受粉法を発見したエドモン・アルビウスの青銅の胸像(サン・ドニ、ジャルダン・デタ)|Alexanne97431/CC0/2024年撮影/明るさ・彩度・コントラストを調整(原典)


