ビュンドナーフライシュ

世界の料理図鑑 スイス

ビュンドナーフライシュ

Bündnerfleisch ビュンドナーフライシュ Air-dried Beef

塩気のあとに、牛の旨みがじわっと戻ってくる。列車の中で食べる一皿として完璧。

赤黒い長方形の塊を、機械で紙のように薄く削る。皿の上に、透けるほど薄い赤い花びらが並べられる。

CHF 18〜26(約3,600〜5,200円)。前菜としては安くありませんが、これは肉ではなく山の空気を食べているようなものです。

グラウビュンデン州(ドイツ語でビュンデン)の名を持つこの干し肉は、標高と乾いた風がなければ作れません。

国・地域
スイス・グラウビュンデン州が原産。全土で食べられる
分類
乾燥肉(前菜・つまみ)
相場
CHF 18〜26(約3,600〜5,200円)。100gあたりCHF 12前後
主な材料
牛のもも肉、塩、白ワイン、香辛料(ジュニパーベリー・ローリエ・にんにく)
辛さ
辛くない。塩気が強い
食べる場所
レストランの前菜・肉屋・スーパー・列車の車内販売
ベスト時間
いつでも。列車の中、山歩きの途中
一人前
80〜100g。前菜としてちょうどいい
保存
真空パックなら常温で数か月。土産に向く
注意
日本への肉製品の持ち込みは検疫で禁止

01一口目に来るもの

薄く削がれた一枚を口に入れると、まず塩気が来ます。かなり強い。

次に舌の温度で脂が緩んで、牛の旨みがじわっと戻ってくる。乾いていたものが口の中で戻る、という不思議な感覚。

噛むと、繊維がほろほろとほどける。生ハムのようなねっとりした食感ではなく、もっと乾いていて、繊維が立っている。

そして後味に、ジュニパーベリー(杜松の実)とローリエの香りがうっすら残る。山の乾燥室の匂いが、そのまま肉に入っています。

02味と食感

牛のもも肉の塊を、塩と香辛料と白ワインで数週間漬け込み、そのあと山の乾いた風にさらして数か月乾かします。

途中で何度もプレスをかけるのが特徴で、これによって水分が均一に抜け、断面が四角い独特の形になる。あの長方形は自然にできた形ではなく、意図的なものです。

水分が抜けるぶん重量は半分近くまで減ります。1kgの肉から500g前後。値段が高い理由の一つがこれ。

脂がほとんどありません。もも肉の赤身だけを使うので、生ハムのような脂の甘さはない。かわりに肉そのものの濃度が高い。

標高と風が味を作る

ビュンドナーフライシュがグラウビュンデン州でしか作れなかったのは、気候の条件によります。

必要なのは標高800〜1,500m、乾いた空気、そして安定した低温。湿度が高いとカビが出て腐り、乾きすぎると表面だけが硬くなって中が熟成しない。

この谷ではアルプスから吹き下ろす乾いた風が一年中安定して吹きます。乾燥室の窓を開けておくだけで、風が肉を仕上げてくれた。

現代では温度と湿度を管理した施設で作られますが、「山の風で干した」というのが商品名の根拠であり続けています。

ヴァレー州にも同じ製法のヴァリサー・トロッケンフライシュがあり、ツェルマットで出てくるのはたいていこちらです。

ビュンドナーフライシュ
干し肉やハム、チーズ、ピクルスを盛り合わせた前菜の皿。4枚の組写真
ビュンドナーフライシュ
乾燥小屋の内部。木の棚の上に網包みの肉が吊るされている(グラウビュンデン州パルパンで撮影)
ビュンドナーフライシュ
風を通す木の壁。この構造が乾燥を助ける
ビュンドナーフライシュ

第 二 章

山の乾いた風がなければ、この肉はできない

吊るされた肉。数か月かけてゆっくり水分が抜ける

03食べ方の作法

薄さがすべてです。厚く切ると硬くて噛み切れない。良い店は機械で透けるほど薄く削ぎます。

そのまま食べるのが基本。皿の上に一枚ずつ並べられているので、フォークで持ち上げて口へ。

パンに乗せて食べるのも一般的。バターを塗った黒パンとの相性がいい。

ピクルスや小玉ねぎの酢漬けが添えられていたら、交互に食べる。塩気が強いので、酸が要る。

飲みものは赤ワインか、ヴァレー州の白。山歩きの途中なら、リヴェラでも合います。

ビュンドナーフライシュ
網に包まれ、雪景色の窓辺にずらりと吊るされた肉(グラウビュンデン州パルパンで撮影)
ビュンドナーフライシュ
雪の見える窓辺で乾燥させる網包みの肉の列。冷たく乾いた外気に当てる

肉を食べているというより、山の空気を食べている。ビュンドナーフライシュ

04注文のしかた

「Bündnerfleisch(ビュンドナーフライシュ)」。ヴァレー州では「Walliser Trockenfleisch(ヴァリサー・トロッケンフライシュ)」という名で出ることもあります。同じ製法の別産地版。

レストランでは前菜(Vorspeise)の欄にあります。

肉屋やスーパーでは100gいくらの量り売り。CHF 12前後/100gが目安。これが最も安く食べる方法です。

真空パックの土産用も売っていますが、日本への肉製品の持ち込みは動物検疫で禁止されています。現地で食べきってください。

列車の車内販売でも売っていることがあります。車窓を見ながら食べるのに向いた食べものです。

名前産地特徴
Bündnerfleischグラウビュンデン州最も有名。プレスで四角い
Walliser Trockenfleischヴァレー州ツェルマットで出るのはこちら
Viande séchéeフランス語圏の呼び名同じもの
Bresaola(イタリア)ロンバルディア類似品。より柔らかく脂がある
干し肉まわりの相場(2026年8月時点の目安)価格
ビュンドナーフライシュ(前菜)CHF 18〜26/約3,600〜5,200円
肉屋・スーパーの量り売り 100gCHF 12前後/約2,400円
ヴァレー風前菜盛りCHF 24〜32/約4,800〜6,400円
黒パン(スーパー)CHF 3〜5/約600〜1,000円
赤ワイン グラスCHF 7〜10/約1,400〜2,000円

05どこで食べる

レストランの前菜として、あるいはヴァレー風前菜盛りの一部として出てきます。単品で頼むより、盛り合わせのほうが種類を試せる。

いちばん安いのはスーパーの量り売り。CoopやMigrosで100gあたりCHF 12前後。列車に乗る前に買って、車窓を見ながら食べるのが賢い。

本場はグラウビュンデン州(サンモリッツやダヴォスのある州)。肉屋の店頭で削りたてを買えるのはこの地域だけです。

ツェルマットではヴァレー州版が主流。味の傾向はほぼ同じですが、香辛料の配合が少し違います。

ビュンドナーフライシュ
網に包んでフックに吊るされた肉の塊。乾燥が進むと表面が白っぽくなる
ビュンドナーフライシュ
乾燥小屋の白い壁に、窓辺に吊るされた肉の影がずらりと並んで落ちる
ビュンドナーフライシュ
盛りつけた皿。花びらのように並べるのが定石

06歴史と背景

アルプスの山村では、冬に食べるものを夏のうちに作っておく必要がありました。冷蔵庫のない時代、肉を保存する方法は塩漬け・燻製・乾燥の三つ。

グラウビュンデン州では、燻製に必要な薪より、乾いた風のほうが手に入りやすかった。だから燻さずに干す製法が発達しました。

記録に残るのは中世からで、山の農家が自家用に作っていた保存食が、19世紀以降に商品化されます。鉄道が通って都市へ運べるようになったのが大きい。

20世紀にはスイスを代表する特産品になり、2000年にはIGP(地理的表示保護)に登録されました。グラウビュンデン州で加工されたものだけが名乗れます。

フォンデュやロシュティと同じく、保存の必要から生まれた。ただしこちらは「その日食べるもの」ではなく「冬を越すためのもの」でした。

ビュンドナーフライシュ
皿に並べた前菜。チーズと一緒に出ることが多い
ビュンドナーフライシュ
塊の断面。密度の高さがわかる

07似ている料理

イタリア・ロンバルディアのブレザオラが最も近い。同じく牛もも肉の乾燥肉で、アルプスの南側の産物。ブレザオラのほうが柔らかく、脂が少し多い。

スペインのセシーナは牛の干し肉ですが、燻製をかけるので香りが違います。

イタリアのプロシュットやコッパは豚。脂が多く、ねっとりする。

日本のビーフジャーキーは最も遠い親戚。乾燥度が高く、味つけが濃い。「削いで食べる」文化がないのが決定的な違いです。

08豆知識

・IGP(地理的表示保護)の認証を受けたものには、パッケージに専用のマークがついています。買うときの目印。

・削る機械はスライサーですが、良い店は手で削ぐこともあります。手削ぎのほうが厚みに揺らぎが出て、食感が豊かになる。

・肉が硬くなりすぎたら、ワインを少し振ってラップで包み、一晩置くと戻ります。現地の家庭の知恵。

・「Bündner」はグラウビュンデン州の形容詞形。同じ州の名を持つ料理にビュンドナー・ゲルステンズッペとビュンドナー・ヌストルテがあり、この図鑑にも並んでいます。

為替レート:1スイスフラン(CHF)=約200円で換算しています(2026年8月時点)。価格は変動します。現地で必ずご確認ください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

価格は2026年8月時点のツェルマット周辺の相場の目安です。