ゲルステンズッペ

世界の料理図鑑 スイス

ゲルステンズッペ

Bündner Gerstensuppe ビュンドナー・ゲルステンズッペ Barley Soup

大麦がとろみを出し、干し肉が塩気と旨みを出す。山を歩いた日に、体の芯まで届く一杯。

山小屋のメニューの、たいてい一番上にあります。Bündner Gerstensuppe——グラウビュンデン州の大麦スープ。

運ばれてくると、白っぽくて、とろりとしていて、具が何だかよくわからない。

一口飲むと、ミルクのようにまろやかで、そのあとから干し肉の塩気が追いかけてくる。歩いた日の体には、これ以上のものがありません。

国・地域
スイス・グラウビュンデン州が本場。山小屋の定番
分類
スープ(煮込み)
相場
CHF 12〜16(約2,400〜3,200円)
主な材料
大麦(押し麦)、ビュンドナーフライシュまたはベーコン、根菜(にんじん・セロリ・ポロねぎ)、生クリーム
辛さ
辛くない。塩気は強め
食べる場所
山小屋レストラン・グラウビュンデン州のレストラン
ベスト時間
昼。山を歩いた後に
一人前
深皿1杯。前菜としても、軽い主食としても
付け合わせ
ライ麦パン
季節
通年だが冬の料理として生まれた

01一口目に来るもの

スプーンを入れると、思ったより重い。液体というより、とろみのある粥に近い。

口に入れると、意外なほどまろやかです。生クリームが入っているうえに、大麦から出たでんぷんが全体を包んでいる。角がまったくない。

そのあとから塩気が来ます。干し肉かベーコンから出たもので、これがスープの骨格。

噛むと、大麦のぷちぷちした粒が歯に当たる。この粒の存在が、飲みものと食べもののあいだにこのスープを置いている。根菜の甘みが最後に残ります。

ゲルステンズッペ
深皿にたっぷり盛った大麦のスープ。パセリを散らして出す(南チロルで撮影)

02味と食感

主役は大麦(Gerste)です。押し麦にしたものを、干し肉の出汁でゆっくり煮る。麦が煮えるとでんぷんが溶け出し、とろみが自然につく。小麦粉やルーは使いません。

肉はビュンドナーフライシュ(干し牛肉)の切れ端か、燻製ベーコン、あるいは生ハムの骨。塩気と燻製香がここから出ます。

根菜はにんじん、セロリ、ポロねぎ、じゃがいも。甘みを担当する。

最後に生クリームを少し。これで角が取れる。入れない店もあり、そのぶん塩気と麦の香りが立ちます。

味つけは塩と胡椒とローリエだけ。素材から出るものだけで成立しているスープです。

ゲルステンズッペ
牛肉と野菜を入れた大麦のスープ。根菜がたっぷり入る(アメリカで撮影)
ゲルステンズッペ
じゃがいもとにんじん、きのこを入れた澄んだ大麦のスープ

大麦がとろみを作る

このスープにとろみをつけているのは、大麦のでんぷんだけです。

アルプスの山村では小麦がほとんど育ちません。標高が高く、夏が短いから。かわりに育ったのが大麦とライ麦でした。

大麦はパンにすると膨らまず、硬くなる。だから煮て食べるのが主な使い道になった。粥にするか、スープに入れるか。

つまりゲルステンズッペは、この土地で唯一まともに育つ穀物をどう食べるかという問題への答えです。ロシュティのじゃがいも、フォンデュの硬いパンと同じ構造がここにもある。

ゲルステンズッペ
大麦(押し麦)。煮るととろみが出る
ゲルステンズッペ
大麦スープの材料。じゃがいも、にんじん、きのこ、玉ねぎを揃える
ゲルステンズッペ
根菜たっぷりの仕上がり。にんじんとセロリが基本
ゲルステンズッペ

第 二 章

小麦が育たない土地で、大麦を煮た

大麦と野菜のスープにサワークリームを落とした一杯(ポーランドで撮影)

03食べ方の作法

スプーンで食べます。作法はありません。

ライ麦パンが添えられていたら、浸して食べる。ヴァレー州やグラウビュンデン州の黒パンは硬いので、スープに浸すのが正しい食べ方です。

量は多め。これを前菜にすると主菜が入らなくなります。山小屋では、これ一杯とパンで昼食を済ませる人が多い。

胡椒は卓上にあれば足す。塩は足さない——たいてい十分に効いています。

飲みものは何でも合いますが、山小屋ならビールかリヴェラ。

ゲルステンズッペ
サワークリームを浮かべた大麦と野菜のスープ(ポーランドで撮影)
ゲルステンズッペ
牛肉と玉ねぎを煮込んだ濃い色の大麦スープ。クラッカーを添えて

小麦が育たないから、大麦を煮た。それだけの話が、四百年続いている。ゲルステンズッペ

04注文のしかた

「Bündner Gerstensuppe(ビュンドナー・ゲルステンズッペ)」。長いので、山小屋では「Gerstensuppe」だけで通じます。

メニューのSuppen(スープ)欄にあります。前菜扱いですが、量は主食級。

サイズが選べる店もあります。Tasse(カップ)とTeller(皿)。カップならCHF 9前後。

ベジタリアン版を出す店もあります。肉を抜いてきのこで出汁を取ったもの。「vegetarisch?(ベジタリッシュ)」と聞けば教えてくれます。

パンは別料金のことがあります。CHF 3〜5。

要素正体役割
Gerste大麦(押し麦)とろみと粒の食感
Bündnerfleisch / Speck干し肉・燻製ベーコン塩気と燻製香。出汁
根菜にんじん・セロリ・ポロねぎ甘み
Rahm生クリーム角を取る。入れない店もある
Roggenbrotライ麦パン浸して食べる
山小屋のスープまわり(2026年8月時点の目安)価格
ゲルステンズッペ(皿)CHF 12〜16/約2,400〜3,200円
同(カップ)CHF 9前後/約1,800円
ライ麦パンCHF 3〜5/約600〜1,000円
山小屋のビール(0.5L)CHF 7〜10/約1,400〜2,000円
アルプラーマグローネン(比較用)CHF 22〜28/約4,400〜5,600円

05どこで食べる

山小屋レストランが最も確実です。ツェルマット周辺なら、スネガ、リッフェルアルプ、ゴルナーグラートの各レストランにあります。

本場はグラウビュンデン州。サンモリッツやダヴォスのある州で、ここのものは干し肉の質が違います。

町のレストランでも前菜として置いています。フォンデュの前に一杯——これは重すぎるのでやめたほうがいい。

値段は山の高さに比例。町でCHF 12、標高3,000mでCHF 16。それでも山の上でいちばん安い温かい食べものであることが多い。

スーパーにはインスタント版(乾燥スープ)もあります。CHF 3前後。

ゲルステンズッペ
野菜を多くした一杯。店によって配合はかなり違う
ゲルステンズッペ
トマトとショートパスタを加えた牛肉の大麦スープ
ゲルステンズッペ
ハーブを散らして。パセリを振る店が多い

06歴史と背景

グラウビュンデン州は、スイスで最も面積が広く、最も標高が高い州です。アルプスの中でも特に厳しい土地。

ここでは小麦がほとんど育たず、育つのは大麦とライ麦だけでした。大麦は寒さに強く、生育期間が短くても実る。

一方で肉は貴重品で、保存のために干す(ビュンドナーフライシュ)。その干し肉の端切れや骨を捨てずにスープにしたのがこの料理の原型です。

つまり大麦という制約と、干し肉という保存技術の副産物が出会って生まれた。中世から続く農家の日常食で、記録に残るのは数百年前から。

20世紀に観光地化が進むと、山小屋の定番メニューになりました。登山者やスキーヤーが体を温めるのにこれ以上のものがなかったからです。

ゲルステンズッペ
具材の準備。根菜を細かく刻む
ゲルステンズッペ
色の濃い仕上がり。トマトを加える店もある

07似ている料理

ドイツ・オーストリアのグラウペンズッペは同じ大麦のスープ。生クリームを入れないことが多い。

イタリア・南チロルのゲルステンズッペ(Orzetto)はほぼ同じもの。アルプスを挟んで同じ料理が並んでいる典型例です。

スコットランドのスコッチブロスも大麦と肉と根菜のスープ。羊肉を使う点が違いますが、構造はそっくり。

日本の麦とろや麦粥は、同じ大麦でも粘りの出し方が違う。

大麦は寒冷地の穀物なので、北ヨーロッパから中央アジアにかけて似たスープが分布しています。

08豆知識

・大麦は煮れば煮るほどとろみが増します。良い店は前日から仕込んでいる。

・グラウビュンデン州はスイスで唯一、ロマンシュ語が公用語の州。この言語では大麦スープを「schuppa da giutta」と呼びます。

・冷めると固まるほどとろみが強くなります。翌日は粥のようになる——それはそれでうまい。

・山小屋ではこれとパンだけで昼食にするのが最も安上がりです。CHF 15前後で済む。

為替レート:1スイスフラン(CHF)=約200円で換算しています(2026年8月時点)。価格は変動します。現地で必ずご確認ください。

写真はすべて Wikimedia Commons より。各画像の作者とライセンスは以下のとおりです。

価格は2026年8月時点のツェルマット周辺の相場の目安です。