世界の料理図鑑 スイス
チューリッヒ風クリーム煮
Zürcher Geschnetzeltes チュルヒャー・ゲシュネッツェルテス Zurich-style Veal
薄切りの仔牛を白ワインと生クリームで煮て、ロシュティに載せる。スイスで最も「都会的」な一皿。
この図鑑に並ぶスイス料理のほとんどは、山の農民や牧童が作ったものです。あるものだけで、腹を満たすために。
ところがこれだけは違います。仔牛肉、白ワイン、生クリーム、マッシュルーム——どれも安くない。町の料理、それも都市の料理です。
値段も別格で、CHF 38〜48(約7,600〜9,600円)。ツェルマットのレストランでいちばん高い料理のひとつになります。
- 国・地域
- スイス・チューリッヒ発祥。全土のレストランで出る
- 分類
- 肉料理(煮込み・クリームソース)
- 相場
- CHF 38〜48(約7,600〜9,600円)
- 主な材料
- 仔牛の薄切り(腎臓を加えることも)、白ワイン、生クリーム、マッシュルーム、玉ねぎ、レモン
- 辛さ
- 辛くない。レモンの酸味が効く
- 食べる場所
- 町のレストラン。山小屋には少ない
- ベスト時間
- 夜。きちんとした食事として
- 付け合わせ
- ロシュティが定番。これ以外はほぼ考えられない
- 一人前
- 肉150g前後+ロシュティ。適量
- 注意
- スイスで最も高い部類の料理。予算に入れておく
01一口目に来るもの
まず驚くほど柔らかい。仔牛の薄切りは繊維が細く、噛むと即座にほどける。歯ごたえというものがほとんどない。
ソースは生クリームと白ワイン。酸味のあるまろやかさという、矛盾したような味です。乳の甘さが先に来て、あとから白ワインの酸が追いかけてくる。
マッシュルームの土っぽい香りが背後にある。これが全体を締めている。
そして下に敷かれたロシュティ。かりっとした表面がソースを吸って、少しだけ柔らかくなった部分——ここがいちばんうまい。ソースの受け皿として、これ以上の付け合わせはありません。

02味と食感
仔牛(Kalbfleisch)を細切りにして、強火でさっと炒める。火を通しすぎると硬くなるので、表面が白くなったらすぐ取り出すのが鉄則です。
同じ鍋で玉ねぎとマッシュルームを炒め、白ワインで煮詰め、生クリームを加える。最後に肉を戻して、レモン汁とパセリ。
伝統的なレシピには仔牛の腎臓(Nierli)が入ります。独特の香りがあり、これが本式とされる。ただし現代のレストランでは省くことが多く、入っているかどうかは店による。
味つけは塩・胡椒・レモンだけ。ハーブをほとんど使わないのがこの料理の特徴で、素材の質が直接出ます。


なぜロシュティなのか
この組み合わせは、スイスではほぼ法律のように固定されています。他の付け合わせを出す店を探すほうが難しい。
理由は単純で、ソースが多いから。クリームソースをたっぷり残すこの料理には、それを吸う炭水化物が要る。
パスタでもライスでもいいはずですが、ロシュティには表面のかりかりと内側のほくほくという二層がある。ソースを吸っても全部がべたつかない。この構造がクリーム煮に合っています。
ドイツ語圏では「Geschnetzeltes mit Rösti」で一つの名詞のように扱われます。



第 二 章
山の料理ではなく、都市の料理
レストランの卓。この料理は町で食べるもの
03食べ方の作法
ナイフとフォークで、肉とロシュティを一緒に取ります。ソースを絡めながら食べるのが前提。
皿に残ったソースは、ロシュティの最後の一片で拭って食べる。パンで拭う人もいます。
レモンが添えられていたら、後半で絞る。脂が重くなってきたタイミングで酸を足す——これで最後まで食べきれます。
飲みものは白ワイン。チューリッヒ周辺なら地元のリースリング×シルヴァーナー、ヴァレー州ならファンダン。料理に使ったのと同系の白が定石です。


仔牛肉、白ワイン、生クリーム。ここには「あるものだけで」の思想がない。チューリッヒ風クリーム煮
04注文のしかた
「Zürcher Geschnetzeltes(チュルヒャー・ゲシュネッツェルテス)」。長いので、メニューを指させば確実です。
腎臓入りかどうかを確認したければ「mit Nierli?(ミット ニールリ)」。苦手なら「ohne Nierli(オーネ ニールリ)」。
肉の種類が選べる店もあります。Kalb(仔牛)が正統、Poulet(鶏)は廉価版でCHF 28前後、Schwein(豚)を使う店も。
付け合わせは黙っていてもロシュティ。もし選べるなら、迷わずロシュティを。
05どこで食べる
町のレストランで食べる料理です。山小屋のメニューにはあまり載りません。仕込みに手間がかかり、材料も高いから。
ツェルマットならバーンホフ通り沿いの中級以上のレストラン。フォンデュやラクレットに飽きた日の選択肢としてちょうどいい。
本場はもちろんチューリッヒ。旧市街のツンフトハウス(同業組合の館を使ったレストラン)で食べると、料理と建物の格が揃います。
値段は覚悟が必要です。CHF 40前後は日本円で8,000円。スイスの物価を象徴する一皿でもあります。
安く食べたいなら鶏バージョンか、昼のランチメニュー。平日昼はCHF 25前後のセットを出す店があります。



06歴史と背景
この料理が文献に登場するのは20世紀に入ってからで、スイス料理としては新しい部類です。
名前の「Geschnetzeltes」は「細切りにしたもの」という意味。調理法がそのまま料理名になっている点は、ラクレット(削る)と同じ発想です。
チューリッヒは19世紀後半から金融と工業で栄えた都市で、豊かな市民層が生まれた。仔牛肉と生クリームをふんだんに使うこの料理は、その豊かさを反映しています。
つまりスイス料理のなかで、これは例外的に「余裕から生まれた料理」です。フォンデュもロシュティもアルプラーマグローネンも、足りないものから生まれた。この一皿だけが逆を向いている。
ロシュティを添える組み合わせが定着したのは戦後で、ドイツ語圏スイスの二大名物を一皿に載せたという側面もあります。


07似ている料理
ドイツのラームゲシュネッツェルテスはほぼ同じもの。地域によってパプリカを入れたりします。
フランスのブランケット・ド・ヴォーは仔牛のクリーム煮ですが、こちらは大きめの塊をじっくり煮込む。細切りを短時間で仕上げるのがスイス式との違いです。
ハンガリーのパプリカーシュはサワークリームベース。酸味の出し方が違う。
日本のビーフストロガノフは構造が近い——細切りの肉をクリームソースで、炭水化物と一緒に。ロシアからの伝播経路を考えると、遠い親戚と言えなくもありません。
08豆知識
・スイスの飲食業界では「Geschnetzeltes」だけで通じます。チューリッヒ風が圧倒的に有名なので、地名を省いても伝わる。
・伝統的な腎臓入りを出す店は年々減っています。探して食べる価値はある——香りがまったく違います。
・ロシュティを添えない「パスタ添え」を出す店もありますが、スイス人はほぼ確実に眉をひそめます。
・仔牛肉はスイスでは特に高価。この料理の値段の大半は肉代です。







